幕開け

「殺す、殺さねぇの話じゃねぇんだよ……初めっから死んでんだろコイツら」


……誰かの話し声が聞こえた、気のせいだろうか。


その日はうだるような暑さで、クーラーも付いていなければ窓も開けてなかった僕の部屋はサウナのようになっており。

寝不足気味で汗だく、その上幻聴の様な話し声で起こされる最悪の起床になった。


少し頭が痛い……朝からなんだか気分が悪い。


それより……なんだろうな、この違和感は。


……違和感の正体など分かっているのに、現実逃避してしまう自分が少し可愛かった。


「現実逃避……」

自分で思った言葉を反芻する。


『現実』という言葉に相当な違和感を覚えてしまう。

ここはどこなんだろう……まぁ紛れもなく僕の家で僕の部屋なのは分かっているが、そういう事では無い。


……ダメだ頭が覚醒しきってない今これ以上考えても進展はなさそうだ……とりあえずシャワーでも浴びるか。


二階にある自分の部屋から下のリビングへと向かうと、母親が毎回多くて食べるのが大変な山盛りの朝ごはんを作っていた。


学校前の午前7時 それは何の変哲もない日常の一コマだった。


「あらおはよ、ご飯もうできるから座って待っておいて」


「いや、先にシャワー浴びたいから置いておいて後で食べるし」


「……だったら早く入って来なさい、せっかく作った味噌汁が冷める前にね!」


はいはい分かったよ……

「ほらほら早く早く」

軽く手で背中を押される、早く入れって事なんだろう。

朝からパワフルな親だ、いつもは元気を貰えるが気分が悪い日には逆効果だったらしい……


脱衣所に行くとちょうど妹が風呂から上がった所だった。

びっくりする俺に無反応な妹、普通逆だろう……


「……なぁ妹」

「な、なぁに?」

裸のまま首を傾げるポーズを取る、着替える気は無いらしい。

「2の10乗は?」


「えぇ!!?どゆ…こと……?」


「良いから答えだ、2の10乗は?」


「えぇ、と1020……1024かな?」


「多分正解だ、さぁどいてくれ次は俺が風呂に入るんだ」


「えぇ!?」

目を点にして僕をじっと見つめてくる。

「ど、どど言うことかな? とっても教えて欲しいよ」

「さぁな天才のお前なら考えたら分かるんじゃないか?」


「別に……今のはやり方を覚えれば誰でも出来る問題だよ」


「へーそうなのか。でもそれを知ってたなんて、さすがだな」

少し赤面する、風呂から出た後なのでゆでダコみたいだ。

「あ、ありがと……じゃ、じゃなくって! ど、どういう意図なのか教えて欲しいよ」


「良いから今は一旦どいてくれ少し気分が悪いんだ。シャワーでリフレッシュしたい」


「……分かったんだよ」

僕に答える気がない事を悟ったのか、それ以降は何も言わず脱衣所から出ていった。


天才ぶりも変わらずか……周りは一切変わらず変わったのは僕だけ。

あれはただの『夢』そう決めつけてしまうのが自然な気がした。




八月三十一日午前一時――だったかその辺は曖昧だが。

僕は死んだ、軽い脳震盪を起こした後にプールに突き落とされて……

しかし生きている、僕はこうして何も変わらない通学路を歩き菅原と共に学校へと向かっている。

余裕のある異常事態そんな感じだった。


「昨日……と言うより夜は楽しかったな! ああやって息抜きしながら勉強も学校も頑張っていかねぇとな」

……いきなり核心を突いてきた。ここでの返事は、ここでの回答は一体何が正解なのだろう。

「なあ菅原、俺って昨日死んだよな?」

「ん? 何の話?」


「プールで溺れて……死体とかってどうなったの?」


なんて言ってみろ心配性な菅原と僕の親のコンボで明日には病院送りなんて話もあり得る。

「菅原ちょっと聞いてくれるか?」

「ん? どったの」


「昨日見た変な夢の話、俺がプールに突き落とされて死んじゃうんだよ」

なんて言ってみろ心配性な菅原と僕の親のコンボで明日には病院送りなんて話もあり得る。

……そうだな難しい。なんて悩んでるふりをする自分は気味が悪い。

本当は菅原とあった時から、いや当たり前のように家族で朝食を食べ学校に向かった時から決まっていたのかもしれない、僕の回答は。


「……そうだな! 昨日は楽しかったまた時間が空いたら行こうぜ、次は大勢でいきたいな」

「おう!そうだな。よびてぇやつならいっぱいるぜ!」

そうして指折りで数えながらなかの良い友達の名前をつらつらと述べる菅原。

……これが僕、斎藤蒼が心の弱い幼い高校生の僕が出した今回の件に関する『答え』

嫌に現実感が強かったため僕の心をグラグラにさせやがった悪夢については、これでもうお終いだ。

学校へ行こう、そういえば鈴香すずかに聞きたいことがあったんだ。














































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人外は人間社会で戯れる。 ミドリ虫 @midorikamie

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