209bit ときめきを


 「まったく……。 生意気だっての」


 「なっ?! なまいき……」


 「あらあら、ハジメちゃんも素直じゃないんだから」


 照れくさそうにはにかむハジメと、和やかに微笑むシズク。


 二人の表情は、嬉しさと喜びを重ねたあたたかな色彩を帯びていた。


 糸もまた晴れやかな顔で、ぽわぽわとしている。


 「ほーら糸っち。 ウカウカしていないでもうひとつあるんでしょ」


 「あぁっ、そうだった。 ハジメさん、シズクさん」


 雛乃に背中を押された糸は、再び二人を呼びかけた。


 「ん?」


 「どうしたんですか、糸さん?」


 「えっとですね……。 お二人にある質問をさせていただきたくて」


 「ほぅ、質問とな」


 「ええ、もう少し時間もありそうですし、かまいませんよ」


 「ありがとうございます。 ではMANIACの生徒としてMANIACの講師であるお二人に質問です。 お二人にとって、『IT』はどういう存在ですか?」


 糸は真剣な眼差しでハジメとシズクに尋ねた。


 二人は少し困ったような、悩んだような表情をみせる。


 それでも、最後には自信たっぷりといわんばかりの顔となっていた。


 「私にとってITは、いつもこっそり支えてくれる存在、でしょうか」


 先に答えたのはシズクだった。


 「いつもこっそり支えてくれる存在……」


 「ええ。 現在、この世界ではあらゆるITが私たちの日常に溶け込んでいます。 あるITは生活を豊かに、そしてまたあるITは生活を便利にしてくれている。 ですが、人というのはついその状態を当たり前だと思ってしまいます。 意識しないとそのありがたみに気づかないものです。 それでもITは嫌な顔ひとつせず、自己主張したりせず、いつも謙虚にそっと人々を支えている。 ITは、実はとっても優しいんですよ」


 シズクは顔を正面に向けたまま、瞳だけを斜めに流して言った。


 なまめかしく、それでいて奥ゆかしい声の響き。


 「おお、いいこと言うじゃんシズク」


 「ふふ、ITって……まるでハジメちゃんみたい」


 「……どういう意味だそれっ!」


 「ふふふ、どういう意味でしょー」


 ムキになっているハジメの横でシズクはホクホクとした顔になっていた。


 その様子をみて、糸はふとあることに気づく。


 ここぞという場面でさりげなく控えめに援助する。


 ITのその側面は、シズクさんにそっくりかもしれない。


 「それで、ハジメちゃんはどうなの?」


 シズクに話題を振られたハジメは、先ほどまでの勢いをとんと落とし、何やら恥ずかしそうにモジモジとし始めた。


 「えっと……、私にとってITは……」


 バツが悪そうにしながら、それでも言葉を丁寧に紡いで。


 「いっぱいのときめきを、いつまでもずっと与えてくれる存在、かな」


 そう言い終えたとき、ハジメの口角は少しだけ上がっていた。


 単なる好奇心だけでなく、尊敬や憧れも含んでいるかのように。


 「ITはさ、まだまだ無限の可能性を秘めているんだ。 今までできないとされていたことが、ITの力で叶えることができるかもしれない。 それってもうなんだか、魔法とか夢みたいって思わない? そう考えると、どこまでも想像が膨らむし、どこまでも探求心を燃やすことができる。 ITの魅力を知ってからはさ、もう本当に大変なんだよ。 ワクワクドキドキの連続なんだから」


 ハジメの口調は、ありったけの感動をぎゅっと詰め込んでいた。


 糸の両目に映るのは、ITに魅入ってしまった二人の姿。


 その姿は、キラキラと輝いていて、どこまでも美しく。


 いつの日か、自分も、こんな風に。


 「ありがとうございます。 私……、やっと気づきました」


 「……、何に気づかれたのですか、糸さん?」


 「……私、ITのことについて、まだまだたくさん知らないことだらけでした。 その技術も、そしてその魅力も。 そのことに、気づいたんです。 ところで、お二人はMANIACの修了条件がなんだったか覚えていますか?」


 糸が尋ねてからまもなく、ハジメの口が開く。


 「そりゃあもちろん。 だってMANIACの講師、だからね。 修了条件は『ITを学びきったら』。 だよね?」


 「はい、そうです。 でも、私は全然まだまだITを知ることができていません。 だから、もっとたくさん色んなことを知りたいんです。 だから」


 糸は勇気を振り絞るように全身の力を込めた。


 この衝動は、もう、どうにも止められない。


 「お願いです。 MANIACを続けてください」


 心に宿した強い情熱を、ありのままに解き放つ。


 その光が、相手に必ず届くと信じて。

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