203bit 灰色の中で光る星


 ずっと前にも、こんな日があったっけ。


 その日も私は、雨の降りしきる外で、傘もささずにいたんだ。


 街をひた走る英美里を、雪は容赦なく襲う。


 一歩一歩足を動かすたびに、靴底から冷たい刺激が全身を伝う。


 まるで、とがった針の上を進んでいるかのようだ。


 両手は冷たくかじかんで、もうほとんど感覚がなくなっている。


 ひっきりなしにぶつかる雪の粒が、凍えた頬を切りつけ、痛めつけた。


 もしもまだ、糸ちゃんが寒空の下を彷徨さまよっているのだとしたら。


 いや……、もう外にはいなくて。


 この世界からも……。


 英美里は強く首を振った。


 考えないようにしているはずなのにそんな絶望が頭の中をよぎる。


 もしも、運命に逆らうことができないのだとしたら。


 もしも、私たちにそんな力がないのだとしたら。


 今、糸ちゃんは……。


 英美里の足が次第に速度を落とし、やがて完全に停止してしまう。


 乱れた呼吸音だけが、灰色の空にむなしくのぼっていく。


 どこにも、糸ちゃんがいない……。


 真衣ちゃんや雛乃ちゃんからの連絡もない……。


 もうどうすることもできないかもしれない……。


 フードの上に雪を積もらせた英美里は、両手を膝につけようとした。


 しかし。


 寸前でとどまり、英美里は体勢をまっすぐに立て直す。


 そうだ。


 糸ちゃんは私のことを信じてくれていたんだ。


 そう教えてくれたとき、私は心の底から勇気が湧いてきていたんだ。


 あのとき、私は糸ちゃんに救われた。


 だから、あきらめるわけにはいかない。


 どんなに苦しくても、どんなに辛くても。


 私も、糸ちゃんを信じているのだから。


 私はもう、昔の自分じゃないんだ。


 ざぁざぁと降りすさぶ雪の中で立ち止まっていた英美里は、また再び走り出した。


 すると、不意に強い向かい風が吹き、英美里のかぶっていたフードをパサリとはずした。


 直後、ひとつの電子音が暗闇を引き裂く閃光せんこうのように鳴り響いた。


 その音は、英美里のスマホからだった。


 もしかして糸ちゃん?!


 ではないよね……だってスマホを持っていかなかったのだから。


 それに、ねこの鳴き声でもないから真衣ちゃんや雛乃ちゃんも違う……。


 きっと、まったく関係のない……。


 英美里はスマホの画面をよく見ずに電話に出た。


 「もしもし……」


 スマホから電話相手の声が流れる。


 その声の伝えた内容に、英美里は両目を大きく見開いた。

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