204bit 不器用な思いやり


 英美里がビルの前に到着したとき、もうすでに二つの影が待ち並んでいた。


 「雛乃ちゃんも真衣ちゃんも先についていたんだね」


 「英美里から連絡が来たとき、ちょうどこの近くにいたから」


 「あと、ついでに糸っちの上着とかスマホも部屋から取ってきといた。 さすがにりっちゃん、ハジメさん、シズクさんはもういなかったけどね」


 英美里はビルの方に目を向けた。


 MANIACの部屋の電気はすっかり消えている。


 「ここに来るようにって言ったのは私じゃないんだけど……本当に大丈夫なのかな……」


 「あー、さっきまで真衣ちゃんとも話していたんだけど、それについては多分大丈夫」


 「え、そうなの?」


 「多分だけどね。 だって、なぜかわからないんだけどKoiも見当をつけていたんだよ、その場所に糸っちはいるって。 それに、糸っちの親御おやごさんもそう言っていたんだよね?」


 「ええ。 おそらく糸が電話を借りて親に連絡をしていたんでしょう」


 「そ、そうなんだ……じゃあ……」


 英美里が言いかけたとき、三人の前に一台の黒い車がまった。


 いかにも高級そうで、あのとき乗ったものと全く同じで。


 まもなく運転席のドアが開き、一人のメイドが現れた。


 「お久しぶりですね皆さん。 さぁ、どうぞ車の中へ」


 左門はみやびやかな所作で後部座席のドアを開けた。


 三人は言われるがままに車へと乗り込む。


 そして左門も運転席へと戻り、車はまた走り出した。


 「ブランケットが三人分あるから、とりあえずそれを羽織はおっておきな。 あと、ポットにあったかい飲み物も入っているからたくさん飲むこと。 とにかく冷えきった身体を温めるように。 見ているこっちまでこごえてしまう」


 なかあきれたような声で言ったのは助手席に座っていた井倉だった。


 「あわわぁぁ、あったまるぅぅぅ」

 「恩に着る」

 「私たちのために……ありがとうイクラちゃん」


 三者三様の反応が重なった。


 「まったく、大場糸といい君たちといい、こんな吹雪ふぶきのなか何をやっているんだか。 えみりりから電話で聞いたけど、長いこと外にいたんだって?」


 「まぁ、糸っちをさがしていたから……」


 「撮影現場から家に車で帰っている途中、たまたま窓の外を見ていたら上着も着ないでベンチに座っているゆきかぶりの大場糸を見つけたんだ。 何事かと思ってひとまず車に乗せたけれど……。 電話貸してほしいとせがまれるわ、タイムマシンとか謎の単語をはっするわ、途中でぐっすり眠ってしまうわ、もう大変だったんだから」


 井倉は下唇したくちびるを突き出しながら愚痴ぐちをこぼした。


 「でも、ちゃんと糸ちゃんをみてくれていたんだよね……。 イクラちゃんは……優しいね」


 「なっ?! そ、そんなつもりじゃ……」


 英美里に褒められた井倉は、恥ずかしさを隠すように視線をそらした。


 「じゃあ、糸っちは今……」


 「私のベッドで寝ているよ」


 「ということは、糸ちゃんはイクラちゃんの家で……って、イクラちゃんの家は……」


 「あのマンションの最上階ですよ」


 佐門は右手でフロントガラスの一方を指さした。


 左手は暇そうにたらんと下がっている。


 車のハンドルは勝手に動いていた。


 英美里は佐門の示す方角へと目を向ける。


 やがて見つけたそのマンションは。


 巨大IT企業の名にふさわしく、超が付くほどの高層マンションで。


 英美里の視線はどんどんと上がっていく。


 上に、さらに上に。


 やっとのことで最上階を見つけることができた。


 あの場所に、糸ちゃんはいるんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る