194bit たとえわずかな希望であっても


 旅館内に数多く存在する客室のうちの一室で、一と零は静かに律の話を聞いていた。


 ひと言ひと言を口にするごとに、律の表情は暗く、ゆがんでいく。


 まるで、ひび割れた薄氷はくひょうの上を一歩ずつ裸足はだしで歩いているかのように。


 「なるほどね……。 そんな出来事が起きたタイミングで偶然私たちが登場したというわけか……」


 律の血で真っ赤に染まった氷上に、一はそっと踏み入れた。


 「私たちがタイムマシンを使って過去に戻り、その出来事が起きるのを阻止し、親友を救ってほしい。 これが律さんのお願いなんですね」


 冷たくて刺々とげとげしい足場をものともせずに進んだのは、一だけでなく零も同様だった。


 「はい。 無理難題なことをお願いしているのは重々承知です。 それに、そもそもあなたたちが本当に100年前からやってきたかどうかも、普通は疑うべきなんです。 ですが、この出来事があった今、私は願わずにいられないのです。 たとえその願いがどんなにわずかな希望であっても。 それくらい、とても哀しいんです」


 律は憔悴しょうすいしきった両目で一と零を見た。


 誰も喋らないまま、沈黙の時間が過ぎていく。


 やがて、律は二人から目を逸らし、肩を落として俯いた。


 「やっぱりできないですよね。 ありえないですよね」


 律が力なくそう呟いたときだった。


 「律さん、顔をあげて」


 零が柔らかな声を発する。


 その声につられ、律はゆっくりと顔を動かした。


 「私の知っている一ちゃんだと、律さんに二つの条件を伝えると思うの。 その条件をクリアできれば、きっとお願いを叶えてくれるはずだわ」


 零は律に対しニコリと笑顔を向けた。


 律の表情にぬくもりを与えるように。


 「いくら双子だからってそこまでお見通しとは……、恐るべし……。 うん、零の言うとおり、これから提示する二つの条件をのんでくれたらそのお願い、私たちが叶えるよ」


 一の大らかな声が律の耳まで届く。


 律はパチリとまばたきをした。


 目の前に映る希望が、どんどんと大きく、眩しく、輝いていく。


 

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