193bit 取り返しのつかない過去を


 「こりゃあまた、ずいぶんと大きくなって……」


 「旅館の跡継ぎじゃなくて研究者になるんだって私も一ちゃんも家族に猛反発したけれど……、結果的にはよかったってことなのねぇ」


 「それはそれで複雑な心境なんだが……」


 一と零は、見違えて立派になった実家の旅館を前にして、その歩みを止めていた。


 「ここに私たちの子孫、とはいっても直接の子孫ではないけど……がいたとしたら、私たちが過去からやってきたという胡散臭い真実にも理解を示してくれるかもしれない」


 「私たちの写った写真でも残っていればなおさらね」


 「いつまでもモタモタしていられないし、早く確認しようか」


 一はそう言い、緊張した面持ちのまま古匠温泉の門扉もんぴをくぐった。


 「いらっしゃいませ、古匠温泉にようこそ」


 一と零を、若い和装姿の女性がお辞儀をしながら出迎えた。


 「あの……ここに『古匠』という姓を持つ者はいるか?」


 一が若い女性に尋ねる。


 「……私がまさしく古匠でございますが……。 私は古匠律と申します」


 律は改めて軽くお辞儀をした。


 「古匠律……。 律さん、少し私たちに付き合ってもらえないかな。 とりあえず、古匠家に眠っているアルバムを片っ端から出してほしい」


 「ど、どういうことですか、いきなりそう頼まれましても……」


 律が困惑顔で答える。


 「もう、一ちゃんはせっかちなんだから。 ごめんなさいね、律さん。 私たち、まだ名前も名乗っていませんでしたよね。 私は古匠零と申します。 そして、双子の姉の古匠一です。 律さんはこの名前に聞き覚えありませんか?」


 「こ、古匠……? それに、双子……」


 律は思い詰めた表情をした後、パッと目を見開いた。


 「私、子どもの頃に聞いたことがあります。 昔、古匠家に双子の研究員がいたこと……その二人は突如失踪してしまったこと……。 あれは怖がらせるための子どもだましのたぐいかと思っていたのですが、まさか……本当に……」


 「そんな形で伝承されているのは気に食わないが……。 そうとも! まさしく私と零はタイムマシンを使って過去からやってきたその研究員なのさ!」


 「また一ちゃんは色々とすっとばしてそんな結論を……。 まず順を追って説明するために昔のアルバムを……」


 零がこれまでの経緯を話そうとしたそのときだった。


 突然律がその場に座り込んだ。


 「ど、どうしちゃったんだい?!」


 律の行動に一も零もあたふたしてしまう。


 「一さん、零さん……もしも本当にあなたたちがタイムマシンを発明したのなら……お願いします、今すぐ私を助けてください」


 声を震わせ、両目の周りを真っ赤にしながら律は叫んだ。


 このときもうすでに、律の頭の中はある一つの願いでいっぱいに埋め尽くされていた。


 その願いを叶えるためには、タイムマシンも、そして二人の存在も本当であると信じるしかなかった。


 取り返しのつかない過去を、タイムマシンが解決してくれる。


 もしもそれが実現できるのだとしたら、時間を巻き戻して、どうか私を救ってほしい。


 時間を巻き戻して、私の親友を、救ってほしい。

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