73bit え、気づくの遅くない?


 「うゔぅ……恥ずかしい……」


 「私は英美里さんが元気になったことを確認できて、嬉しく思っていますよ」


 数学の授業が終わった後、英美里はすぐにでも教室を飛び出したい気分だった。


 しかし、飛び出す前に律に呼び止められ、お昼を一緒に食べようと誘われた。


 恥じらいのほとぼりが冷めやらぬ中、気づけば英美里は律と共に昼食を食べている。


 「だってまさか律さんと同じクラスだなんて思わなくてつい動揺してしまって……、いや、授業を真面目に聞いていなかった私が悪いんですけれど……」


 英美里は購買で買ってきたメロンパンをひと口かじった。


 サクサクとした食感ともっちりとした甘みが口に広がる。


 「私は知っていましたけれどね、英美里さんと同じクラスだっていうことを」


 律は口もとを手で隠しながら穏やかに笑った。


 旅館の娘だからだろうか、律は漆塗うるしぬりのいかにも高級そうな弁当箱を広げていた。


 「それに、糸さん、雛乃さん、真衣さんが別のクラスにいることも随分前からわかっていました」


 「そうだったんですね……糸ちゃんたちは律さんがこの学校にいること知っているのかな」


 「おそらく知らないと思います。 私も声を掛けませんでしたから」


 「どうしてですか?」


 「あくまで一旅館の従業員とお客様の関係だと割り切っていましたので」


 「なるほど……」


 「でも、今は少し関係性を改めてもいいかなって思っています。 英美里さんも私のことはさん付けで呼ばなくて結構ですからね。 敬語も不要です。」


 「う、うん、ありがとう……」


 英美里がもう一度メロンパンを口に運ぼうとしたときだった。


 「あ、英美里ちゃんいた」


 糸が緊張した面持ちで教室の中へ入ってきて、英美里たちのそばまでやってきた。


 「今日の放課後、よかったら一緒に帰らない? 雛乃ちゃんと真衣ちゃんもいるよ」


 「うん! 帰ろう!」


 「あ、英美里さん。 たしか英美里さんは今日掃除当番だったはずです。 私と同じ班なので」


 「そうなんだ。 糸ちゃん、私掃除しないといけないみたいだから、少し遅れちゃうかも」


 「うん大丈夫! 英美里ちゃん、学校に馴染めているか心配だったけど、問題なさそうだね」


 「今のところね」


 「よかったよかった。 じゃあまたあとで!」


 糸は英美里たちに背中を見せた。


 かと思えば、すさまじい勢いで糸が振り向いた。


 「のえぇっ?! り、りっちゃん?!」


 「お世話様です」


 「え、気づくの遅くない?」

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