74bit 平穏な一日


 英美里は軽くなったゴミ箱を片手に持ちながら、律と横並びで長い廊下を歩いていた。


 「りっちゃんも、私には敬語を使わなくていいんだよ?」


 「そうしたいのですがなかなか直せなくて……職業病のようなものでしょうか」


 「でも、りっちゃんらしいと言えばりっちゃんらしいんだけどね」


 教室の掃除は英美里と律を含めた六人で行われた。


 最後に教室のゴミ箱を空にする作業だけが残り、ちょうど二つのゴミ箱があったため、英美里と律がゴミ捨て場まで行くことになった。


 他の四人はすでに教室を出ていることだろう。


 「私、先週までは不登校だったから、今日一日をうまくやれるか結構不安だったんだよね。 だけど、特に事件が起こるでもなく、いや、恥ずかしい思いはしたんだけど、それでも、平穏な一日でよかったなって」


 英美里がしみじみと言った。


 「平穏な一日を過ごすのは、案外難しいものです」


 英美里の隣で律がポツリと呟いた。


 英美里と律の横を仲良しグループとおぼしき四人の女子が通り過ぎる。


 ゴミ箱を教室に戻し、カバンを持ったら糸ちゃんたちの所へ行くんだ。


 英美里はワクワクとした気持ちを抱えながら歩みを進めた。


 教室に戻ると、予想した通り教室内には誰もおらず、英美里と律のカバンだけが机の上にあった。


 自分の席に近づいたとき、英美里はカバンと共に白い一枚のルーズリーフも置かれているのを見つけた。


 私、ルーズリーフなんて使わないのに、なぜあるんだろう?


 英美里はなんとなくそのルーズリーフを裏返す。


 ルーズリーフの裏には短い文章がボールペンで書かれていた。


 文章を目の当たりにした英美里は、みるみると色を失っていく。


 それまで青一色だった今日に、黒いインクが飛び散った。

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