66bit アドバイス


 休憩スペースの椅子に座り、糸は律にこれまでの経緯いきさつを手短に説明した。


 「なるほど。 それで英美里さんを説得するのにどうしたらよいか困っているのですね?」


 「はい……。 それで私、思い出したんです。 以前古匠温泉に来た時、ハジメさんが言っていたこと。 律さんに相談したら問題が解決してしまう、と」


 「たしかにハジメさんはよくここへ来て愚痴らしきものをポロポロとこぼしていますが……」


 「最近だとどんな愚痴を言ってました?」


 雛乃が興味本位で尋ねた。


 「えっと……教え子にヘンタイ呼ばわりされているとかなんとか……」


 ハジメさん、昨日古匠温泉に来てたんだ……。


 雛乃はスッと手のひらを糸に向け、話を元に戻すよう促した。


 「それで律さん、何かいい解決策を思いつきませんか……?」


 糸は無意識的に両手を強く握りしめていた。


 「残念ですが、アドバイスは特にありません」


 「そ、そうですか……」


 糸は顔を下に向け、両手の力をゆるめる。


 「もとより、私はアドバイスなんてろくにしていないんです」


 「えっ?」


 「ハジメさんがここに来て愚痴をこぼす。 私はその愚痴をただただ頷きながらきいているだけなんです」


 そうだったのか。


 でも、だとしたらハジメさんが言っていた、『問題が解決してしまう』というのはなぜなのだろう。


 「ただ」


 「ただ?」


 「いつも感じるのは、ハジメさんは愚痴をこぼしながらも、すでにどうしようか心の内で決まっている気がするんです。 私は、最後にポンと背中を押してあげているような……ハジメさんの方が年上なんですけどね」


 律は先ほどの大人びた笑みとは違う、なんとも幼気いたいけな笑みをした。


 「それで、糸さんの話を聞きながら、同じように感じたんです。 実はもう、どうしようか決まっているんじゃないですか?」


 「それは……」


 「自分のことを信じてみてください。 そうすれば、きっと英美里さんも信じてくれるはずです。 おっと、話しすぎましたね」


 律は備え付けの時計を見ながら言った。


 約束の時間まで残りわずか。


 「そうそう、これから四人でお話をするんですよね? あなた方は特別なお客様ですので、とっておきの部屋をご案内いたします」


 「あ、ありがとうございます、律さん」


 律さんと話している時間はなんだかあっという間だったけれど、ハジメさんが古匠温泉にびたる理由が少しわかったかもしれない。


 「それと、今度から『律さん』はやめましょう。 同い年なんですし」


 律は柔らかい表情でほほ笑んだ。

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