67bit 橙色の雨


 「やっぱり帰ろうかな……」


 古匠温泉の入り口の前で、英美里は立ち止まっていた。


 夕陽が英美里の身体を照らし、被っていたフードの中に微熱がこもる。


 今日の朝からずっとどうしようかと迷っていた。


 三人に会うことによる期待と不安。


 両方が心の中をグルグルと渦巻いていた。


 歌い手という光の道をただ突き進むか。


 MANIACのメンバーと何気ない日々を過ごすか。


 どちらもという選択肢は……。


 空は橙色だいだいいろのはずなのに、いつの間にか周囲は雨粒の落ちる音が流れていた。


 「帰ろう……」


 英美里が入り口に背を向けたときだった。


 「あ、英美里さん! お待ちしていましたよ!」


 「えっ?」


 英美里が咄嗟とっさに振り返ると、入り口の前に和服姿の律が立っていた。


 「私を待っていた……?」


 「ええ、糸さんが言っていた時間に英美里さんが来なかったものですから、心配になって外へ出てみたら、ちょうどいらしていたんですね」


 「い、いや、それはその」


 「ささ、中に入って。 三人がお待ちしていますよ」


 律は急かすように英美里の背中を押した。


 「ち、ちょっと私の話をきいて……」


 抵抗もむなしく、英美里はついに古匠温泉の中へと入ってしまった。


 こうなってしまったら仕方ないか……。


 英美里は息を吐き、靴を脱いでスリッパを履く。


 長い廊下を律が歩き、その後ろをただついていった。


 廊下の壁に一定の間隔で引き戸があり、それぞれが部屋の入口だとすると、歩いている間、ゆうに二十部屋は過ぎていた。


 古匠温泉にはどれだけ部屋があるのだろう。


 「こちらでございます」


 律が立ち止まって閉まっていた引き戸を動かした。


 律が手で案内した先を見ると、そこにはMANIACの三人がいた。


 「ではごゆっくり」


 律は一礼をして、そそくさと来た道を戻っていく。


 「英美里ちゃん、来てくれたんだね……」


 糸が言った。


 「う、うん……あのさ、とりあえず、一つ聞きたいんだけど……」


 「なに……?」


 「この部屋、豪華すぎない?」

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