65bit 待ち合わせの場所


 「未だになぜ糸っちがここをチョイスしたのかわからない」


 「雛乃に同感ね」


 「冗談のつもりだったのに、雛乃ちゃんも真衣ちゃんもツッコまないからだよ……私にボケる権利はないの……」


 糸は嘆きながら歩みを進める。


 実際のところ、半分は冗談で、もう半分は少し違った。


 「結局、英美里ちゃんからチャットの返事はなかったんだよね?」


 「ええ。 だから、英美里が来るかどうかさえ怪しい」


 「そっかぁ……。 もし来なかったら……温泉でも入ろうか」


 三人は待ち合わせ場所である古匠温泉へと足を踏み入れた。


 「いらっしゃいませ……って、あら? 雛乃さんに、真衣さん、それに糸さんじゃないですか」


 糸らを迎えたのは古匠温泉の看板娘、古匠律だった。


 りんとした和服姿はこの前と変わらない。


 「こんにちは律さん……って、あれ? 私たち、律さんに名前教えていましたっけ? それに、この間一度きりしか会っていないのにどうして顔まで?」


 雛乃がぽかんとした表情で尋ねる。


 「四人の話はハジメさんからよく伺っていますからね。 それに、一度来館したお客様のお顔は大抵覚えています。 旅館の看板娘ですから」


 言いながら律は品のある笑みをした。


 「はて、今日は英美里さんがいらっしゃらないようですが、どうかされたのですか?」


 「英美里ちゃんは……。 律さん、実は律さんに折り入って相談があるんです」


 糸が神妙な面持ちで言った。


 相談なんて初耳だと言わんばかりに雛乃と真衣の視線も糸に集中する。


 「私に? 相談?」


 律は考え込むように首を傾げる。


 やがて、律はある程度状況を把握したかのように姿勢を正した。


 「さては、ハジメさんに何か吹き込まれましたね。 わかりました、お話をお聞かせください」


 「ありがとうございます、律さん」


 糸は強張こわばっていた肩をスッとなでおろした。


 『人生で悩んだり迷ったりしたときに、りっちゃんに話すとなぜか解決する』


 古匠温泉を待ち合わせ場所に選んだのは、ハジメさんの言葉が頭をよぎったからでもあったのだ。

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