第101話 緊急クエスト発令

——————緊急クエスト発令! 西の平原よりリザードマンの群れが接近中! Dランク以上の冒険者は、至急ギルド前の広場に集合してください。緊急クエスト発令! 西の平原よりリザードマンの群れが接近中! Dランク以上の冒険者は、至急ギルド前の広場に集合してください。


 早朝。耳をつんざくようなサイレンの音が、街の中心部から聞こえてきた。

 ハキハキとした口調の中には隠しきれない焦燥感があり、危険がすぐそこに迫っていることを瞬時に理解させられる。


「ここにきて緊急クエストか」


 リビングで温かいお茶を飲んでいた俺は、窓越しから街の方角を眺めた。

 この屋敷は街外れにあるが、そこまで届くような大きな音だった。


 それにしてもリザードマンの群れ……か。

 確か、今から数日前にリザードマンを討伐したって言っていたのはドーグリューズだったか? リザードマンの習性を考えると、どうも嫌な予感しかしないな。


「な、ななな、何の音!?」

「……もう、朝から何事ですか? せっかく楽しい夢を見ていたのに」


 俺が考え込んでいると、アンはドタバタと焦りながら、シフォンはマイペースに部屋から出てきた。


 サイレンの音で目覚めはしたが、何があったのかはわからないらしい。


「緊急クエストだ。今すぐ出発の準備をしろ。すぐにギルドに向かうぞ」


 俺は一気に残ったお茶を流し込んだ。

 緊急クエストが発令されたので、俺たちDランク冒険者はただちに指示に従わなければならない。


「は、はい! えーっと、杖とポーションと、それから——————」


 シフォンはすぐに理解したのか、そそくさと部屋に戻っていった。

 その寝癖と冴えない顔つきを今すぐ外向けに直してきてくれ。


「アンはもう準備できたのか?」


「うん。私は今日の朝食の担当だったから、早起きして身だしなみは整えていたの。剣はいつも携帯しているし、準備はバッチリだよ!」


 アンはサムズアップして親指を立てると、早朝とは思えない眩しい笑顔を見せてきた。

 いつも以上に元気だな。


「それは良かった」


 俺が返事をするのと同時に、シフォンの部屋の扉がゆっくりと開かれた。


 予想より随分と早かったな。魔法使いは荷物も多いし、結構準備に時間がかかると思っていたんだが。


「シフォン。準備は終わった……おい、背中にあるそのバックパックには何が入っているんだ?」


 ふぅ、っと息をつきいているシフォンの背中には、小さなバックパックが見えた。

 ローブを羽織り、杖を握っている。寝癖や眠たそうな顔つきも既に直っている。

 

「え、えとえと……魔導具、そう! 魔導具です! レナから譲り受けた魔導具を詰め込みました!」


 焦りながら捲し立てるシフォン。

 全てが怪しい。


「どれ、俺に見せてみろ。どんな魔導具だ」


 若干後退るシフォンの背中に回り込んだ俺は、バックパックを開いて中に手を入れた。

 魔導具な訳がない。それはすぐにわかった。

 なぜなら、近づくと鼻腔をくすぐる香ばしい匂いがしたからだ。


「……パン、干し肉、テラテラ、フルーツジュース、少しばかりのポーション。ピクニックにでも行くのか?」


 中から出てきたのは、とても今から緊急クエストに向かう冒険者とは思えない物ばかりだった。

 どれもつまみ食い感覚で食べられるように、部屋でこっそりと保管していたのだろう。

 

「ピ、ピクニックになんて行きません! これは戦うために必要な食料なんです。腹が減っては……なんたらかんたらって言いますよね? それです!」


 何がなんでも食べたいのか、その瞳の奥には確固たる意思が見える。


 確かに俺も腹が減っているので、ここは少し妥協してもらうか。


「わかった。パンと干し肉をつまみながらギルドへ向かおう。それでいいか?」


「うーーーーん……わかりました。テラテラとジュースは置いていきます」


 納得してくれたらしく、バックパックからそれらのものを取り出すと、シフォンは部屋の中に戻した。


 この屋敷からギルドへ向かう道中のみ食事をするとしよう。

 少しでも何か腹に入れれば、シフォンの機嫌も良くなることだろう。

 

「よし。早速向かうぞ。アンもシフォンから少し分けてもらって腹を満たすといい」


 俺は外へ出るよう二人に促した。


「うん。それより、レナはどうする? 多分、ショップに一人でいると思うけど」


 アンは少し心配そうな表情だった。


「レナなら一人でも大丈夫だ。安心しろ」


 俺は心配を吹き飛ばすように即答した。

 シャルムと王都で起きたギルバードとの一件以来、レナはかなり危機管理を徹底しているらしく、それ用の魔導具まで創ったのだという。

 俺たち冒険者がリザードマンの侵攻さえ食い止められれば、特に心配することはないだろう。


「そう? でも、タケルさんが言うなら大丈夫なんだね」


「ああ。無駄話はここまでだ。ギルドに着くまでの間、リザードマンについて話す。食べながらでもいいから聞いてくれ」


 しっかりと鍵を閉めて戸締りをした俺は、真剣な顔で二人に向き合った。

 アンは腰に差した剣を触り、シフォンはギュッと杖を握る。


 意欲はありそうだが、二人とも口に詰め込んだパンと干し肉を早くどうにかしてくれ。

 もぎゅもぎゅと懸命に咀嚼するのはいいが、せっかく真面目な話に入ろうとしたのに、そのせいで全てが台無しになってしまう。


「……行くぞ」

「「あぃ!」」


 腑抜けた返事を思わずため息が漏れる。

 はぁぁぁぁ……ギルドに着く頃には切り替えられてるだろうし、今は別にいいか。

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