第十三章 緊急クエスト発令!
第100話 横柄な男
「たっのしい、たっのしぃー冒険の旅!」
「アン! 歌いながらゴブリンの心臓を振り回さないでください!」
るんるん気分で歌を奏でるアンと、それを叱責するシフォン。
そして、そんな光景を後ろから眺める俺。
こんな日常は久しぶりなので、ただの冒険なのに楽しい気持ちになる。
「大丈夫だよ。だってちゃんと麻袋にしまってあるから」
アンの左手にはべっちゃりと血濡れた麻袋。
中にはゴブリンの心臓が幾つか入っている。
討伐完了部位が心臓なのはどうにかしてほしいものだ。
噂によると一部地域では珍味として人気が高いらしい。
「それでもです! せっかくフローノアに戻ってきて一回目のクエストなんですから、もっと気を引き締めてください」
二人は尚も会話を続ける。
そう。今はクエストの帰り道で、ついさっき低ランククエストであるゴブリンの討伐を終えたところだ
まだフローノアに到着してから一週間ほどしか経過していないので、二人のブランクを考えてこのクエストを選んだのだが、予想以上に早く終わってしまったな。
「二人とも、もう街に着くからそろそろ落ち着け」
街の中でまでこんな言い合いをされたら変な注目を集めてしまう。
「「はーい」」
俺が二人に注意すると、二人は声を合わせて呑気な返事をした。
まあここまで呑気で気楽なのにも理由がある。
久しぶりのクエストということもそうだが、どういうわけか今日は全くモンスターに出くわさないのだ。
普段なら行きと帰りに数体の木っ端モンスターに出くわすのが普通なのだが……。
「不吉な予感がするな」
「不吉? 雲ひとつないくらい天気は良いですし、風も弱いですよ?」
シフォンは目を細めて眩い太陽を眺めた。
間違ってはいないが、俺が言っているのは天候的な話ではないぞ。
「まあ、そうだな。何もなきゃいいんだが」
「でも、確かに今日は変かも!」
「お? アンも気がついたか?」
アンは人差し指を立てて閃いたような顔になっていた。
失礼だが、アンにしては珍しい。
「うん! 今日はちょっと起きるの遅かったから、パンを三個しか食べられなかったの!」
アンはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
あぁ、そんなことだと思ったよ。
「……よし。ギルドに行って換金するぞ。昼食を食べながら今後の予定を立てよう」
すぐに切り替えた俺は先んじて歩き出した。
街はもうすぐそこに見える。
「タケルさん無視しないでよー!」
「アン! 僕の方に血が飛ぶので腕を振らないでください!」
背後で二人がわちゃわちゃしている。
これも一つの日常だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「はい。これが報奨金ね。タケルくん、王都とジェイプでの経験を通してまた一段と強くなったんじゃない?」
「かもな。刀も新しくしたし、戦闘面においてもさらに上のステージに行けた気がするな。それに比べて、サクラは何も変わらないな」
俺は報奨金を受け取り、サクラと視線を交わした。
少しサクラと二人で話がしたかったので、アンとシフォンには先に食堂で食事を摂ってもらっている。
「当たり前でしょ? 私はタケルくんたちがいない間もずっと働いていたんだから」
ため息混じりの言葉だった。どうやら疲れているらしい。
明るいピンク色の髪にも艶がなくどこか元気がないように見える。
「たまには休んだらどうだ?」
「それがそうもいかないのよね。実は近いうちに王都からSランク冒険者が来ることになっていて、色々と準備が大変なのよ」
サクラは手元の資料をぱらぱらと捲ると、ギルド内部の情報を俺に教えてくれた。
いいのか、そんなことをして……。
いくら仲が良いとはいえ、俺は部外者だぞ。
「Sランク冒険者がフローノアに? 前みたいにミノタウロスでも現れたのか?」
だが、やはり興味があるので続きを聞く。
「その辺りは私たちみたいな一端のギルドの受付には知らされていないわね。誰が来るのかも何の目的があるのかも」
「そうか。まあ、関係ないことだとは思うが、頭の片隅にでも入れておくよ」
色々と気になることはあるが、サクラはこれ以上のことを知らないようだ。
「そうしてちょうだい。この街で一番強いのはタケルくんだろうしね」
「俺が?」
「ええ。でも、冒険者ランクだけで見たら、あそこにいるBランク冒険者のドーグリューズさんだと思うわ」
サクラが指を差した先にいたのは、如何にも野蛮そうな見た目をした男だった。
金のモヒカン頭にゴツゴツとした体つき、鋭い眼光と大きな口が特徴的だ。
「フローノアでBランクとは、なかなか将来有望な冒険者じゃないか」
ドーグリューズとやらの歳の頃はわからないが、王都以外でBランク以上の冒険者は中々いない。
ちなみに、当時、俺がいた頃の『漣』は例外中の例外だ。全員が若かったし、俺を除いた全員の実力がとてつもないものだったから。
「そうね。でも、かなり素行が悪くて困っているのよ。前までは色々な街を転々としていたみたいなんだけど、タケルくんたちがいない間にフローノアを気に入っちゃったみたいで……もう、大変よ」
サクラは横目でドーグリューズを見ると、心底疲れたような表情を浮かべた。
大変さを言葉にできないほどの疲れとは、相当なものなのだろう。
確かに、今も受付に何か怒鳴り声をあげているし、一目で厄介な人物なのだとわかる。
パーティーメンバーであろう、彼の隣にいる小柄な男もそれを見てニヤニヤとしていることから、関わると面倒が起きる予感しかしない。
「タケルくんも絡まれないように気をつけてね?」
「ああ。またな」
首肯した俺はサクラに別れを告げて、二人が待つ食堂へ向かうことにした。
しかし、ギルドに併設されている食堂側の受付で、ドーグリューズが怒声をあげている。
近くを通るのも嫌だな。
「ゴラァッ! それでいいんだよ。ったく、俺様が下級のリザードマンを討伐したんだから、最初から報奨金は上乗せしろっての。行くぞ、シャティー」
「はいぃっ!」
ドーグリューズは怯える受付嬢から麻袋をふんだくると、シャティーと呼ばれた小柄な男を引き連れて去っていった。
「……よくあんなに偉そうにできるな」
Bランク冒険者に物を言うことは難しい。
その結果、調子に乗ってああいう横柄な性格になってしまうのだ。
そもそも下級のリザードマンなんてCランククエストだし、それほど強くはない。まあ、彼らは剣の腕による上下関係がはっきりとしていて、群れで襲い掛かられると大変だが。
「まあいいや」
直接危害を及ぼされなければ別にいい。
今は腹の虫がうるさいので、とっとと食堂で昼食を摂ることにしよう。
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