第102話 リザードマンとは
「二人はリザードマンについてどれだけ知っているんだ?」
「僕が知っているのはリザードマンの討伐がCランククエストで、彼らは剣を得意としていることくらいですかね。あってますか?」
シフォンは口の中の食べ物をごくりと飲み込むと、顎に手を当てながら答えた。
「正解だ。だが、やつらはただのCランクモンスターじゃないんだ」
「タケルさん、それってどういうこと?」
既に食事を終えていたアンは、覗き込むようにして聞いてきた。
「リザードマンの実力はピンキリでな。やつらの序列は全て剣のみで決まっている。序列の低い者であればアンでも倒せるし、序列の高い者であればBランク冒険者でも苦戦することがあったりする」
生まれも歳も体格も関係ない。リザードマンは剣を軸にした明確な縦の序列がある。
「ふぅーん。私でも、か」
俺はアンの問いに簡潔に答えた。
むっとしているし、少し不満そうだ。
「では、どうして群れでフローノアに攻め込んできているのでしょうか? 誰かがちょっかいをかけてしまったとか……?」
「リザードマンは自分より強い者を襲う習性がある。より剣技を磨き、練度を上げるためにな。きっと誰かが群れに突っ込んで、序列の低いリザードマンを討伐したんだ。それを見た序列の高いリザードマンは刺激を受けてしまったのだろう。”あの強い冒険者は何者だ”ってな。そして近隣の街であるフローノアに攻め込むことにした。全く、余計なことをしてくれたな……」
思わずため息をこぼしてしまう。
リザードマンの討伐する際、絶対にやってはいけないことがある。
それは群れの中に突っ込むことだ。全てのリザードマンを討伐するのなら問題はないのだが、中途半端に序列の低い木っ端リザードマンだけを討伐してしまうと、序列の高いリザードマンにバレてしまい、今回のようなことが起きたりする。まあ、緊急クエストが発令されるのは異例だが。
だから、基本的にリザードマンを討伐する際は、群れから孤立した者を狙うのが良い。
きっと、誰かがそれを知らずにリザードマンに刺激を与えてしまったのだろう。
「ドーグリューズ……」
ここで俺の頭の中に、怒号をあげる一人の大男の姿がよぎった。
彼はBランク冒険者だったはずだが、頭が回るタイプとも思えないので、それらの禁忌事項を知らなくても納得はいく。
「タケルさん? どうかしましたか?」
シフォンは心配そうに俺の顔を見てきた。
俺が眉を顰めてしまったからだろう。
「いや、なんでもない。それよりもう冒険者たちが集まっているな」
ギルドの前には人集りが見える。
Dランク以上の冒険者たちがしっかりと集まっているようだ。
「私、緊急クエストなんて初めてだよ。タケルさんは経験あるの?」
少し前を歩くアンは、後ろ歩きをしながら聞いてきた。
危ないから前を見ろ。転んでも知らないぞ。
「うわぁっ! 何でこんなところに窪みがあるの!?」
心配したそばからアンは窪みに足を取られて尻餅をついた。
「アン、大丈夫ですか?」
「ありがとう。びっくりしたぁ……」
差し出されたシフォンの手を取り、アンはゆっくりと立ち上がった。
怪我はなさそうだ。
「はぁぁぁ……俺も初めてだ。何年も冒険者をしているが、こんな経験は中々ないぞ」
俺は呆れを孕んだため息を吐いた。
しかし、二人はそんなの全く気にしていないらしく、再び前を歩き始める。
「あっ! サクラさんがいますよ!」
「ほんとだ! サクラさーーーーーーーん!」
人集りの後ろで佇むサクラを発見した二人は、大きな声を上げながらブンブンと手を振った。
早朝とはいえ、街は喧騒に包まれているので特に目立つことはない。
「あっ、アンちゃんとシフォンちゃんじゃない。それにタケルくんまで。来てくれたのね。助かるわ」
こちらに気が付いて駆け寄ってくるサクラ。
アンとシフォンはどこか嬉しそうだった。
よくわからないが、二人からすればサクラはお姉さん的な存在なのだろうか。
「今、どんな感じだ?」
簡潔に聞く。
張り詰めた空気感から察するに無駄な言葉は必要ないと判断した。
「リザードマンが街に到着するまで残り十分くらいね。それまでに侵攻を食い止める必要があるから、あまり悠長な時間はなさそうよ」
サクラは神妙な面持ちで言った。
残り十分か。リザードマンの数と侵攻範囲にもよるが、時間との勝負になりそうだな。
「作戦とかはあるのか?」
「受付の私たちが決めることではないから、その辺りは冒険者さんたちに委ねているわね。ほら、あそこにドーグリューズさんがいるでしょ? 彼が全ての冒険者パーティーに指示を出しているのよ」
サクラが指を差した先にはドーグリューズがいた。
台の上に乗っているのか、一際大きく目立っている。
作戦とは名ばかりの「あっちへいけ!」「こっちへいけ!」というような、大雑把な指示を出す声が聞こえてくる。
「あれで大丈夫なのか……?」
「うーーーーん……見ての通りよ。でも、表向きは彼が一番強いわけだし、他の冒険者さんたちも従わないわけにはいかないのが現状よ。私としてはタケルくんと役目を変わってほしいんだけどね」
サクラは悩ましそうな声色だった。
よく見てみると、他の受付嬢や多くの冒険者たちもどこか不満そうにしている。
まあ、それに関しては仕方のないことなので、俺にはどうすることもできない。
「仮にもフローノアで一番強い男なんだ。俺は大人しく従っておくよ」
「そう。何かあったら言ってちょうだい。ギルド側から注意喚起くらいはできるから。あっ、ちょっと待って。少し呼ばれているから外すわね」
「ああ」
サクラは手招きをしている受付嬢の元へパタパタと小走りで向かっていった。
何もないといいんだがな……。
俺が首肯して返事をしたその時だった。
台の上に立つドーグリューズが、こちらをギロリと睨みつけてきた。
「ちょうどよかった。そこのお前」
ドーグリューズは胸の前で腕を組んだ。
「……俺か?」
確かに俺は目があっているが、本当に俺のことか?
「俺様がお前って言ってんだからお前しかいねぇだろうが! お前はDランク冒険者の中でも弱そうだし、大人しく俺様についてこい。残った二人の女は適当にやってろ。わかったか!!」
俺のことだったらしく、ドーグリューズは唾を吐き散らしながら怒鳴った。
俺は影が薄いし、知名度もほとんどない。だからこそ、こうして選ばれてしまったのだろう。
ドーグリューズの性格を加味すると、おそらく俺は戦闘要員ではなく
ますます面倒なことになったな……。
「ええ。ってことで、二人とも。俺はなぜかお呼ばれしたからあの男に同行する。心配はないと思うが、他の冒険者たちに従って気をつけて戦うんだぞ。いいな?」
渋々返事をした俺は、アンとシフォンに向き直った。
「う、うん。それはわかったけど……」
「大丈夫なんですか? 見たところ二人だけで行くんですよね?」
アンとシフォンは辺りに視線を動かした。
既に集まった冒険者たちは散り散りになっており、ドーグリューズが指示した西側の地点に向かい始めている。
かくいうドーグリューズは北の方角へ向かって歩き始めている。
どうして北側へ向かっているんだ?
「タケルくん! 新しい情報よ。西側の平原から侵攻してたリザードマンの群れが、北側と西側の二手に分かれたみたい。多分、ドーグリューズさんは単身で北側に向かったんだと思うわ」
小走りで戻ってきたサクラは息をつく間も無く、新しい情報を教えてくれた。
「そうか。まあ、よくわからないが行ってくる。終わったら屋敷に集合だ。ありがとう、サクラ」
「え、ええ。気をつけてね?」
俺はアンとシフォン、サクラに背を向けて、ドーグリューズの後を追った。
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