第96話 さらば、また会う日まで

 サスケと並んで、城を目指して歩くこと数十分。

 

 エドジョウには幾つかの人の気配があった。


 騒動の終わりを知った人々が戻ってきたからだろう。


「すぐにグルーヴが迎えに来るが……サスケ、お前はどうする?」


 城内へと続く門を潜る直前で立ち止まる。


「どうする、とは?」


「今後について迷っているんだろう?」


 ここに到着するまで、俺たちの間に会話はほとんどなかった。

 サスケは自分が何をすべきか、自分の価値とはなんなのか、色々と考え込んでいるように見えた。


「某はどうするべきなのでしょうか……?」


「今後も俺と一緒に行動するのも良いが、それはお前の心が許してない。俺の言葉なんて聞かないで自分の意思で決めた方がいい」


 俺は眉を顰めるサスケに言った。


「某は……某は……」


 サスケは拳を強く握りしめて俯いた。

 まだまだ短い付き合いしかないが、俺はサスケが自分で決断を下すところを見たことがない。

 これからはモンスターとしてではなく、一人の人間として生きていくことになる。

 今後の自分の人生のことは自分の意思で決めるべきだ。


「——————タケル殿ォォォォォォォっ!!」


 暫しの沈黙が辺りを支配したが、それはすぐに伸びのある一声によって吹き飛ばされた。


 こちらに向かって走ってくるのは、将軍の側近であるヨウニンさんだ。

 俺が知っているヨウニンさんよりも表情が柔らかく、気分が高揚しているように見える。


「いやはや、素晴らしい! なんとまさか、あのリヴァイアサンを単騎で討伐なさるとは……! 規格外にも程がありますぞ!」


 ヨウニンさんは長細い手足を使ったおかしな踊りをしながら喜んでいた。


「俺の実力じゃなくて全部こいつのおかげなんだ」


「刀、ですか? そういえば以前見たものとどこか違うような……」


「それより、将軍は大丈夫だったか?」


 ここにいるのはヨウニンさんだけで、将軍の姿は見当たらない。


「少し不安定な精神状態でしたが、何とかなりました。タケル殿の忠告通り、将軍様は一度だけ逃げ出そうとしたんです。まあ、ワタクシが強引に止めたんですが」


「やっぱりか」


 ヨウニンさんに頼んでおいて正解だった。

 もしもヨウニンさんの目を盗んで逃げ出して、戦場に現れでもしたら助けられなかっただろう。


「はい。民のために避難するしかないと伝えると落ち着きを取り戻しました」

 

 将軍はまた一歩成長することができた。

 そう考えていいのだろう。


「それで、将軍はどこにいるんだ?」


 ヨウニンさんと一緒にいないのならいったいどこにいるのだろうか。

 俺がそう聞くと同時にヨウニンさんの背中がムズムズと蠢いた。


 まさか……。


「はぁぁぁ……いつまで隠れているのですか。将軍様。恥ずかしい気持ちはわかりますが、早くワタクシの背中から出てきてください」


「わ、わわわわ、わかっておる! 恥ずかしくなんてないからなっ!」


 将軍は挑発的なヨウニンさんの言葉を聞くと、あっさり姿を現した。

 真正面からヨウニンさんを見ていたせいで、体の厚みの違いに気がつかなかった。


「大丈夫そうだな」


「当たり前だ。雷なんて全然怖くなかったからな!」


 地面に降り立った将軍は首を上にあげながら俺のことを見ると、ビシッと人差し指を突きつけてきた。

 

 瞳が少しだけ潤んでいるし、本当は怖かったのだろう。

 九歳にしてよく自制したな。さすがは将軍の血を継ぐものだ。


「本当は感謝なんかしてないけど、国の民の要望に応えて近いうちに宴を催してやる! ありがたく思え」


 将軍の言葉にヨウニンさんも首を大きく縦に振る。


「礼は受け取るが、俺はもうジェイプを出るからそれは叶わない願いだ」


「もうご出発なさるのですか? ワタクシどもと致しましては、国の恩人としてタケル殿に御礼をしたかったのですが……」


 ヨウニンさんが申し訳なさそうに項垂れた。

 同じく将軍も少し悲しそうに見える。


「すまない。大切な用事が一つだけ残っているんだ。御礼云々についてはサスケにしてやってくれ。今回の件における裏の功労者なんだ」


 俺は背後に立つサスケを一瞥する。

 当初と比べて凛とした顔つきになっており、自身の今後について決断することができたのだとわかる。


「は、はぁ……。もちろんそのつもりですが、タケル殿に帰る手段はあるので? 海を泳ぐわけにもいきませんし……」


「すぐにわかる。空を見てみろ」


 俺たち空に目をやるのとほぼ同時に、バッサバッサと翼をはためかせる音が異様な聞こえてきた。


「ド……ドド……ドラゴンだ!」


 雲の向こうにいる見えるのは、一つの影。

 一直線に伸びる長い尻尾と首に、大きく迫力のある二対の翼。

 誰がどう見てもドラゴン——グルーヴだ。


 ドラゴンにしてはかなり小型だが、ジェイプの人々からすれば驚嘆する他ないだろう。


「予想より到着が早かったな」


 数時間ほど時間を見誤ったみたいだ。

 グルーヴはこちらに向かって直滑降してきた。

 ものすごいスピードだ。


「ジェイプが滅びる! お、おい、何とかしてくれ! こっちに向かってきてるよ!」


「タ、タケル殿! 本当にあのドラゴンはお仲間なのですか!?」


 将軍とヨウニンさんは目に見えて狼狽えていた。


「……ああ」


 仲間だと思うが、あのスピードでグルーヴは着陸することができるのか?


 俺は得意げに口角を上げているグルーヴを見つめた。

 徐々にこちらに接近してくる。

 そのスピードを維持しながら墜落すれば、確実に俺たちは木っ端微塵になる。


 まあ、グルーヴは小型のドラゴンだし機転が効くのだろう。


「だめだぁ……!」


 将軍は頭を抱えて蹲った。


 しかし、地上十メートルのところで、グルーヴはそれはそれは大きく翼をはためかせることで一気に減速し、暴風を巻き上げながらゆっくりと着陸した。


「グルゥッ!」


 そして、褒めろと言わんばかりに一つ声を上げる。

 こいつが気性の荒いヤンチャな性格だということを忘れていた。


「ってことで、俺は帰る。短い間だったが世話になったな」


 俺はグルーヴの背中に飛び乗った。


「は、はい。急いでいるみたいなので仕方ありません。それにワタクシにタケル殿を止める権利はありませんから」


 いち早く我に返ったヨウニンさんが言った。

 将軍はポカーンと口を開けており、グルーヴの姿を見て完全に固まっている。


 サスケは俺のことを見つめるだけで、グルーヴの背中には乗ってこない。

 わかった。それがサスケの出した答えなんだな。


「サスケ、達者でな」

 

「旦那……お世話になりました。またどこかでお会いしましょう」


 サスケは胸に手を当てて首を垂らした。

 ジェイプに残ることを決めたようだ。


「ああ。何か困ったらあの爺さんのとこに向かうといい。きっと手を貸してくれるはずだ」


 マスター・トウケン・ランブマルに頼れば間違いない。

 あの秘薬を使えば、ジェイプの高い医療技術を用いて更に発展することができるだろう。

 そこにサスケの実力が加われば、ジェイプの国力も上げることができる。

 

「はい。彼の秘密は某自身が見つけてみせます。どうか皆様によろしくお伝えください」


 サスケの言葉に俺は小さく頷き、将軍の方に目をやった。

 将軍は口を真一文字に結んでおり、言葉を発することはなかった。

 そんな沈黙を話の終わりだと理解したのか、グルーヴは翼を動かし始める。


 これでジェイプとはお別れだ。


「またどこかで会おう」


 俺が三人にそう告げると、グルーヴはゆっくりと離陸した。

 徐々に遠くなる地上との距離。

 

 早々に帰還しようと、俺がグルーヴの横腹を強く叩いたその時だった。

 強い風に乗せられて幼い少年の声が俺の耳に届く。


「ありがとう……」


「こちらこそ」


 果たして、俺の返事は届いたのだろうか。

 またどこかで会う時にでも、この日の話をしてみるとしよう。


「いくぞ、グルーヴ!」


「グルゥ!」


 グルーヴは俺の掛け声に呼応するようにしてスピードを上げた。


 ああ、本土へ着くのが待ち遠しい。

 

 ワクワクと高鳴る胸の鼓動を感じながら、俺は瞳を閉じて眠りについた。

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