第十二章 束の間の時間

第97話 やがて時が経ち……

「ここは……?」


 目が覚めたら、俺は柔らかなベッドの上にいた。


「ぐっ……っ!」


 上体を起こして頭を抱えた。

 酷い頭痛だ。あまりにも疲労が蓄積しすぎたせいだろう。


 状況の整理をしていると、ゆっくりと扉が開かれた。

 

「———師匠、お目覚めですか!」


 鼻歌交じりでのんびりと入室してきたルークだったが、俺の顔を見た途端に血相を変えて接近してきた。

 どこか頬が上がっているように見えるし、テンションも高い。


「か、肩を、揺さ、ぶる……な」


「あっ、すみません。久しぶりの再会につい嬉しくなってしまいまして」


 ルークは脱力した俺の肩から手を離すと、照れ臭そうに微笑んだ。


「なあ、ここはどこなんだ?」


「ここは『みかど』の拠点ですよ。前に一度訪れたことがあったでしょう?」


「じゃあなんで俺はここにいるんだ?」


 俺はグルーヴの背中で眠っていたはずだ。

 

「あの小型のドラゴンが師匠のことをここまで運んでくれたんです。あれは確か……一週間前だったかな」


「い、一週間……。俺はそんなにも長い間、眠り続けていたのか?」


 あれから一週間も経過していたとは驚きだ。

 グルーヴには感謝しないとな。


「はい。何をしようとも全く起きる気配がありませんでした。だからこうして目を覚ましてくれて私はホッとしています」


 ルークは右手を胸に当ててふっと息を吐いた。


「そうか。迷惑をかけたな」


 俺はベッドから抜け出して、地に足をつけた。

 力が入らない。手にも足にも。


「し、師匠! 全身の筋肉と骨が酷く損傷しているようなので、まだ横になっていてください」


 ルークは慌てふためきながら、俺の体を両手で支えた。

 今の俺の体は老人のようだった。

 自分の思うように動くことすら満足にできない。


「ダメだ。三人の目を……早く覚ましてやらないと」


 俺はルークに体を預けながらも歩き出した。

 扉に手をかけて部屋の外へ向かう。


 俺の左胸には秘薬がある。急いで三人のもとへ向かわなければ。


「師匠。まさか、薬の調達に成功したのですか!?」


 ルークは目をギョッと見開いて驚いていた。

 俺が満身創痍の状態で運び込まれてきたせいで、何の成果も得られずに帰還したと思っていたのだろう。


「当たり前だ。失敗しておめおめと帰るわけにはいかないからな」


「さすが師匠です。っと、ここです」


 話ながらも、ゆっくりと廊下を歩いていくと、ルークは一つの部屋の前で足を止めた。


「中に三人が?」


「ええ。依然として眠りについています。規則正しい呼吸はしていますが、まるで魂が抜けた人形のような状態になっています」


「もう、支えは必要ない」


 俺はルークから離れて、先んじて扉に手をかけた。


——————キーーーーーーーーーーッ。


 木造りの扉がゆっくりと開かれる。


「やっと会えた」


 俺は部屋の中に入った。

 三つのベッドでそれぞれ眠る三人の姿。

 扉から見て手前からアン、シフォン、レナの順で並んでいる。

 三人とも非常に穏やかな表情だ。


「ルーク、水はあるか?」


「はい。どうぞ。常温ですがよろしいですか? 水分補給をするのなら、下の階から冷えた水を持ってきますが……」


 ルークは小さな丸テーブルの上に置かれた容器からコップに水を注ぐと、おずおずと俺に手渡してきた。


「いいんだ。ありがとう」


 今、俺は酷い目眩に襲われているが、これは俺が飲むためのものじゃない。


「さあ、目を覚ましてくれ」


 まず、俺はアンの背中を支えて上体を起こし、秘薬を口の中に入れて水で流し込んだ。

 目を閉じたままのアンはごくりと喉を鳴らして、秘薬を胃の中に運んだ。

 同じようにしてシフォンとレナにも秘薬を飲ませていく。


 やがて、三人に秘薬を飲ませ終えると、突如として立ちくらみが起きた。


「……っ!」


 思わずその場に両膝をつく。

 自然と呼吸が荒くなる。視界もどこか虚になっており、ぼやぼやとして近くすら見えない。

 

「し、師匠ッ! だいじ……すか!?」


 焦りを孕んだルークの声が聞こえるが、俺は体を制御できなくなっていた。

 脳が揺れている。全身が痛い。目眩がおさまらない。


「も……う……ダメ、だ……」


 俺の体は僅か数秒で完全に脱力しきってしまった。

 パタリ……と地面に倒れ伏し、そっと目を閉じた。

 体が動かず、全く自由が効かない。頭も回らないし、ルークの声すら聞こえない。


 次に俺が目を覚ました時には、三人が元気になっているといいな……。

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