第72話 武人の解放
「汝は極東の生まれではないのにもかかわらず、何故、帯刀しているのだ?」
サスケはバックステップを踏んで数メートルほど距離を取ると、俺の腰に差してある刀を一瞥した。
依然として臨戦態勢ではあったが、追撃する素振りを見せないことから、これは単純な疑問のようだ。
「たまたまだ。その口振りだとお前は極東の生まれなのか?」
「如何にも。三年ほど前だろうか。某は極東から海を渡り、この地へやってきた武人である」
サスケは見た目からして年の頃は三十代半ばだろうか。
それがどうして隷属の首輪をはめられているのか。
何にせよ、戦闘の意思やその反抗的な心から考えるに、無理やり主人である何者かに仕えていると思った方が良さそうだ。
「三年前から誰かに操られているのか?」
「言えぬ」
俺の問いにサスケはそれだけ言うと口を固く閉ざした。
「話はここまでだ。某の体がこれ以上は言うことを聞かないのでな……」
サスケは腕をプルプルを震わせながら、先程と同じように重心を低くした。
本心と行動が合致していないのだろう。どこか辛そうな表情だ。
「……何か手伝えることはあるか?」
俺はそんなサスケのことを簡単に見捨てることはできなかった。
ただの他人。されど他人。相手がどういう存在であれ、よほどの悪でない限り優しく寄り添うべきだろう。
「……フッ、油断していてはすぐに命がなくなるぞッ!
俺は迫りくるサスケの攻撃を余裕を持って回避する。
「俺の方が強いからその点は安心しろ」
「わかっている……わかっているッ! だが、某にはどうすることもできないのだッ!」
サスケはとても苦しそうに叫んだ。
これまでにも、主人の命令に従って何人もの命を奪ってきたのだろうか?
迷いのない刀の扱いからして、与えられた命令には背けないのだろう。
「一人でダメなら周りを頼れ」
「某のような人外他ならぬ
サスケは手のひらから血が滲むほど力を込めて刀を振るった。
「——俺が助ける」
俺はサスケの想いに応えるように、その刀を受け止めた。
互いの刀がぶつかりあうことで、ギリギリと金属音を鳴らす。
辺りには緊迫した空気が立ち込めるが、不快な気持ちにはならなかった。
「何故……何故そこまで某に構うのだッ! 某は汝の命を狙っている者だぞ!?」
「お前が辛そうだからだ。それにもう一度言うが、俺の方が強いから安心しろ!」
俺はより一層力を込めて、サスケのことを軽く吹き飛ばした。
サスケは壁に衝突する寸前で木目の床に刀を突き刺して、自身の動きを無理やり静止させた。
「某は朽ちていくのみ。生きるためには従うしかないのだ」
「どうしてそこまで悲観的になる? ほんの僅かな希望を抱いてもバチは当たらないぞ?」
「……この首輪を外すことはできぬ。例え汝であってもな」
サスケは何度か首輪を外すことに挑戦したような口振りだった。
いつ隷属の首輪をはめられたのかは不明だが、この諦めようから察するに最近ではなさそうだ。
「そうか。なら、一太刀で決めよう……」
俺もサスケと同じく重心を低くして、左足を木目の床にジリっと滑らせた。
これから行うのは非常に繊細な作業。
いつものように瞬間的に縮地をするのではなく、一つ一つの段階を踏みながら丁寧に行なっていく。
「……どういうことだ?」
サスケは素っ頓狂な声をあげたが、木目の床から刀を抜くと、すぐに構え直した。
「その呪縛から俺が解き放ってやる——縮地!」
グンッ……。俺は地面を蹴り、一瞬でサスケの目の前に移動した。
今のは普段の縮地よりもかなり速い。修行で精神統一し己を見つめ直したからこそ、このスピードを出すことができた。
雑念を消し、丁寧な動きを意識することで、より縮地の完成系に近づくことができた気がする。
「——何をッ——!?」
ギョッと驚くサスケの前に現れた俺は、瞬時に首元を目掛けて刀を振る。
そして、重力に従って落下を始めた首輪を確認する。最後にくるりと手元で刀を回転させ、力を込めて峰打ちを決めた。
防御性能の低い袴のみしか装備していなかったサスケは声をあげる余裕もなく意識を失い、大きな音を立てて木目の床に倒れ伏す。
その様はまるで、糸が解かれた操り人形のようだった。
全ての終わりを告げるように、俺のすぐ足元には綺麗に両断された隷属の首輪が落下した。
「悪いな」
納刀した俺は、脱力しきったサスケを見下ろした。
俺の知識通りなら、隷属の首輪の解除方法は三つある。
一つ。隷属契約を交わした本人である主人が解除する。
二つ。同上の人物が死ぬ。
三つ。隷属の首輪を文字通り断ち斬る。
今回は主人の特定はできていないので、三つ目を試してみたということになる。
しかし、隷属の首輪は非常に貴重なものだ。
世界でも類を見ない硬さを誇ると言われている金属——ウルタイトをふんだんに用いているため、並大抵の剣技では断ち斬ることは難しい。いや、基本的には不可能とされている。
それに加えて、隷属スキルを持っている者が直接装着する必要があるため、奴隷と言われる人々はとても少ないのだ。
「だが、モンスターの気配は消えず……か」
サスケからは依然としてモンスターの気配を感じた。
どうやら隷属の首輪とモンスターの気配は関係なさそうだ。
となると——。
「——サスケはレナと同じ?」
サスケはレナと同じく、何らかのモンスターの変異種である可能性が浮上する。
極東から海を渡って来たのが三年前。そして、レナが生まれたのも三年前……。
「何か裏がありそうだが……早く上に行かないとな」
気になる点が多すぎるあまり、急いでいることを忘れて無駄に長考してしまっていた。
上に感じる気配などは既にどうでも良い。
真上にいるのはギルバードとサラン、そしてフェルイド。それだけだ。
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