第73話 囚われしもの

 螺旋階段を駆け上がっていき、辿り着いたのは最上階。

 耳を澄ましてみるが中から音は聞こえず、そこにあるのはやつらの気配のみ。

 やつらもこちらに気が付いているのか、殺気を孕んだ視線のようなものをビンビンと感じる。


「派手にいくか」


 ドアをくぐった瞬間に奇襲を仕掛けられると面倒なので、俺は別の方法で侵入をすることにした。


 俺は抜刀する体勢を整えてから右足でドアを蹴破った。

 同時にその勢いを保ったまま部屋へと侵入していく。

 部屋は明るく、天井には魔道具が吊るされているので、下の階とは打って変わって視界は良好。

 

 おそらく敵はドアのすぐ側にいるはず……。


「——サラン! 振り下ろせ!」


 ビンゴ。目の前にはギルバード。

 その視線の先。つまり俺の斜め後ろにはサランがいた。


「はいッ!」


 ギルバードの指示でサランが剣を振り下ろす。

 場所は部屋に入ってすぐ真横。

 つまり、このまま何もしないと俺の首が飛んでしまう位置になる。


「やはりか」


 しかし、俺は余裕を持って状況把握を行い、体勢を整えてからサランが振り下ろした剣を受け止める。

 ここまで僅か一秒程度。

 瞬間的に攻撃の判断を下したギルバードの指示は流石だが、俺の頭の回転の方が早かったというわけだ。


「クソッ! これなら!」

 

 サランは間髪を入れずに二撃目を放とうとするが、もう遅い。

 俺は既にその動きを読んでいる。


「眠っていろ」


 俺はサランの脇腹に力を込めた蹴りを入れた。

 刀とスピード以外に関しては正直なところあまり自信がないので、今の低い体勢から放つことのできる全力の一撃を放った。


「——ぐッ……き……さま……」


 サランは苦悶の表情で悪態をついたが、耐えきることができずに仰向けでバタリと倒れた。

 俺の蹴りによって鎧は粉砕されており、その威力の高さが窺える。


「ハハハ! やるではないか!」


「大切な部下がやられたというのに随分と余裕そうだな」


 どういうわけかギルバードはケタケタと笑っていた。

 その姿からは、以前、相見えた時のような焦りや油断は感じられない。


「貴様こそもっと焦ってもよいのだぞ?」


「どういうことだ?」


 この局面で俺が焦る? そんなことは絶対にない。

 ギルバードに負ける俺ではないのだから。


「何だ? ならば、貴様はここに何をしにきた?」


 ギルバードは訳がわからないと言ったような表情だった。

 それはこっちのセリフだ。

 俺はフェルイドの気配を頼りにここへ来ただけ。それ以上でもそれ以下でもない。


「フェルイドの魂はどこにある。どうせ『ドラグニル』が一枚噛んでいるのだろう?」


 俺はギルバードからの質問には答えずに、逆に質問を投げかけた。

 ここにはフェルイドの魂の気配はあるが、肝心の実体はないので、それを用いて何かを企んでいるに違いない。


「フェルイド……? 知らんな」


「とぼけるな。『ドラグニル』は何を企んでいるんだ。敵にこんなことを言うのは何だが、悪魔なんて信用しない方がいい」


「だから知らんと言っているだろう。貴様こそどういう了見だ? よくもまあそこまで平静を保てるものだ。敵ながら感服する」


 俺は素知らぬ顔でとぼけるギルバードを問い詰めていくが、依然として欲しい回答が得られない。

 それどころか、ますます訳の分からないことを言い始めた。


「もういい。お前を斬ってフェルイドを見つけ出して終わりにする」


 これ以上、話を続けていても出口が見えてこないので、俺はギルバードの意識を一瞬で刈り取る準備を整えた。


「なんとも無謀な男だ。いや、非情と言うべきか。そんなに易々と仲間を見捨てるとは見下げ果てたぞ」


「何のことだ。俺の仲間は関係ないはずだが?」


 俺の仲間といえば……アンとシフォン、そしてレナ。

 あいつらは今頃、宿でぐっすりと眠っているだろう。


「ハァ……貴様は本当にここへ何をしに来たんだ? ワクワクして待っていた自分がバカみたいじゃないか」


 ギルバードは大きなため息を漏らすと、すぐに呆れたような表情になり、哀れむような視線を送ってきた。


 一体何を言っている? 俺がここへきた目的は一つしかない。


「俺はフェルイドを——」


「——そんな者の名は知らぬと言っているだろう! もういい、これを見ろ。永遠エターナル格納ストレージ!」


 ギルバードが唱えたのは特殊魔法だろうか。

 俺とギルバードの間、つまり部屋の中央に向かって唱えられた魔法は次第に光を帯びていく。


「何をした……?」


 俺が疑問に思ったのも束の間。

 俺はよく知っている気配を瞬時に察知した。


 それはとても暖かく、優しい気配。

 親しみ深く、誰よりも打ち解けあえる存在。

 

「ど、どうして……?」


 光が徐々に弱まっていくと、部屋の中央には鎖で繋がれたアンとシフォン、レナの姿があった。

 全員が目を瞑り、規則正しい呼吸をしていたが、そんなことよりも俺は言葉が出てこなくなっていた。いつ以来だろうか。俺は完全な放心状態に陥っていた。


 息が上がり、拳に力が入らない。

 これまでに見せた不自然なほどのギルバードの余裕の正体が今明かされた。


「ハハハッ! やっと間抜けな顔を見せたな! どうだ! 驚いただろう?」


 ギルバードは舌舐めずりをして、気色の悪い笑い声を上げた。

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