第71話 隠密?
警戒しながら裏路地を進んでいくと、最奥には古びた屋敷があった。
王都の中ではそれほどでもない大きさである四階建ての建物だが、いざ目の前にすると少し尻込んでしまう。
「ここだな」
気配は深く神経を研ぎ澄ますことで感じることができる。
今回の対象はギルバードとサランといった予め知っている気配だったので、ここまで距離を詰めれば簡単にわかるのだ。
「どうしてフェルイドの気配がここにあるんだ……?」
しかし、一つだけ引っかかった点があった。
それはこの屋敷の中。それも最上階のあたりからフェルイドの気配を感じること。
何かわかるかもしれないという僅かな可能性に期待をしてここまできたが、まさかフェルイドの気配まであるとは思いもしなかった。
「窓もない。見たところ入り口は正面にある扉だけか」
月の明かりと自身の視覚を頼りに古びた屋敷の全容を大雑把に確認をしてみるが、どうやら入り口は一つだけのようだ。
昔、家族が使っていたと先ほどの男たちが話していたが、窓もない屋敷を何の目的で所有していたのだろうか。
普通の家には到底見えないので、大方あまり良くないことなのだろう。
「行ってみればわかるか——ん? これは……?」
今はそれ以外の気配を探る時間も惜しいので、早々に屋敷の内部へ突入しようとしたのだが、月明かりに照らされてキラリと光る何かが視界に入る。
「これは……髪の毛だよな?」
膝を曲げて拾ってみると、それは黄色がかった髪の毛だった。
長さはおよそ三十センチほどだろうか。
宝石か何かだと思い目が眩んでしまった自分が間抜けで仕方ない。
「時間が惜しいな」
どこかで見覚えのある色合いだったが、今はそんなことを考えている場合ではないので、俺は髪の毛を捨てることにした。
まあ、他人の髪の毛など持っていても仕方がないので、捨てる以外の選択肢はないのだが。
「……迅速かつ慎重に、だな」
中から『ドラグニル』の騎士と思しき複数の気配を感じるので、バレないようにしなければならない。
最悪の場合、先程のように一撃で仕留めれば良いが、相手の人数が不確定である以上は無理に行動を起こすことは避けるべきだろう。
「行くか」
俺は古びた屋敷の扉に手をかけた。
目指すは最上階。目的の悪魔が潜む階層へ。
○
「き、貴様——グフッ……」
俺は焦りを孕んだ声とともにこちらに向かってくる騎士の男を気絶させた。
一瞬の出来事に騎士の男は、腑抜けた顔で崩れ落ちる。
「これで最後か」
目の前にいるのは六人の騎士。全員が『ドラグニル』の鎧を身に纏っていたが、完全に油断していたのか、あっさりと意識を奪うことに成功した。
「隠密は失敗だ……はぁぁ」
結果的に俺はパワープレイに頼っていた。
思いのほか建物が古かったのか、いくら慎重に歩いても木目の床からはギシギシと音が鳴ってしまう。
そのせいで、あっさりと『ドラグニル』の騎士にバレたのだ。
そんな俺が現在いる位置は二階から三階へと続く階段の手前。
ここに来るまでに、一階の奥の部屋にいた二人の騎士と二階にいた六人の騎士、合計して八人の騎士の意識を奪っていた。
相変わらずギルバードとサラン、そしてフェルイドの気配は残っているが、何か行動を起こした様子はなかった。
一つだけ分かったことといえば、この屋敷はおそらく拷問に使われていたということだけだ。
各フロアに棘付きの寝台や頑強な鎖、鋭利な鎌などがあり、床には血痕が付着していた。
ここはかなり目立たない場所にあるし、造りもおかしいので、何か良からぬ建物だとは思っていたが……。こんなところで彼らは何をしているのだろうか。
「……一体何をする気だ?」
俺は三回へ続く階段を登りながら考える。
正直、当初に比べて焦りの気持ちは少なくなっていた。
仮にフェルイドが王都に住む何の力も持たない人々を現在進行形で巻き込んでいたとしたら焦る気持ちもあったが、今、フェルイドの近くにいるのはギルバードとサランだ。
俺は二人にはあまり良い印象を抱いていないので、どこか楽観的な気持ちでいる。
とはいえ、一度首を突っ込んだ身として、あの悪魔のことを放っておくこともできないので、最後までやるべきことはやるつもりでいる。
「……とっとと上に行くか」
三階に到着したが、感じる気配は一つだけだった。
一階と二階の警護をしていた騎士よりは実力がありそうだが、俺から言わせてみればあんまりだ。
Aランクを自称していたギルバードよりは下。おそらくBランク程度であろうサランよりは少し上と言ったところだろうか。
つまり俺の敵ではないということだ。
しかし、その気配は人間ではなさそうだ。
レナに似たような……だが、それよりもモンスターに近い感覚だ。
「——汝……侵入者であるか?」
声を主は闇の中で胡座をかいていた。
窓から差し込む月明かりも部屋を照らす魔道具もない真っ暗な部屋の中、まるで何年もここに囚われていたかのような無機質な声だった。
「……モンスターか?」
「如何にも。某は武人——サスケである」
武人を名乗る男、いや、モンスターは物悲しげな笑みを浮かべると、胡座を解除してスッと立ち上がった。
「武人?」
サスケと名乗ったモンスターは、極東の衣服である袴を着ていた。
見た目は完全に人間そのものであり、気配を探らなければモンスターであることを疑ってしまうほどだ。
頭の頂点で結われた艶のある黒髪に、男らしく力強い顔立ちと黒い瞳は、まさに文献で目にしたことのあるような武人やサムライのような姿だった。
袴の色は不明だが、その雰囲気と髪型と顔立ちによく似合っている。
「汝はここへ何をしにきた」
「用事があるんだ」
俺は上を指差して、簡潔に答えを返した。
「某はここを守るように言われている故、汝の願いは聞けぬ」
サスケは自身の首をさすりながら答えた。
「……それはその首輪のせいか?」
サスケは重厚な鉄の首輪をつけていた。
既に錆に覆われたそれは、古くから自身が奴隷であることを物語っている。
もしかすると、シャルムで討伐したルージュドラゴンと同じような扱いなのかもしれない。
「いざ」
首輪についての回答は得られなかった。
だが、どこか寂しげな表情をしたことを俺は見逃さなかった。
「俺と戦うのか?」
「生憎、某に選択権はないのでな」
「戦うにしても武器がないだろ?」
サスケは武器を持っていないのにもかかわらず、俺が縮地を行うときのような構えを取った。
膝を曲げて重心を低くして、腰に差さっていない”何か”に手をかける。
「——
「ッ!?」
一瞬の出来事だった。
目では追えているものの、理解が追いつかなかった。
俺は咄嗟に刀を引き抜いて攻撃を受け止める。
「む?」
サスケは眉を顰めた。
俺が回避できると思っていなかったようだ。
それにしても、今の攻撃……。
「虚空から刀を出現させた……?」
サスケは刀を攻撃の瞬間のみ出現させたのだ。
そして、縮地に似た動きで地面を蹴ると、油断していた俺の首を目掛けて最小限の挙動で刀を振るった。
幸いギリギリのところで防ぐことができたが、正直なことを言えばかなり危なかった。
後一歩遅ければ、俺の首が飛んでいた。
今の一瞬の動きだけを見れば、十分Aランクにも届きうるだろう。
「面倒だな……」
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