第66話 本番
落ち着きを取り戻した領主様は強かった。
流れるような剣捌きでフェルイドの攻撃の手をじわじわと奪っていき、時間の経過とともに剣の精度や威力が上がっていくのが分かる。
ブランクなんてまるで感じさせない動きだ。
「ッ! クソがッ……!」
当初は余裕の態度を見せていたフェルイドだったが、次第にその表情は曇っていき、何とか攻撃を凌いで領主様から距離を取ることしかできないほど劣勢に立たされていた。
「……」
フェルイドが息を荒げて負け惜しみのように言葉を吐くが、領主様は気にも留めず、無言で剣を構えている。
ここまでの戦況を見る限り、俺の出番はなさそうだが、どうしてか胸がざわざわしている。
しかし、チラリと背後にいるルークとカナタさんを見るが、特に異常はない。
「杞憂か……?」
ただの勘違いであればいいが、嫌な予感が収まることを知らない。
「——老剣士よ」
「何だ」
呼吸を整えたフェルイドが呟くように言った。
「我がどうして人間界に来たと思う?」
「知らんな。また罪もない人々を殺しに来たのか?」
「フハハ! 以前はそうだが、今回は違う。我は価値の高いある女の捕縛に来たのである」
ある女の捕縛?
「そうはさせん。なぜなら貴様はここで儂に殺されるのだからな」
領主様が怒りを表すように、ギリっと歯軋りをした。
「そこで一つだけ提案がある」
フェルイドは領主様の言葉に耳を貸すことなく、提案とやらを口にした。
「……なんだ」
「貴様らをここで見逃してやる。その見返りとしてその女の居場所を教えろ。他人を差し出すだけで自分の命と仲間の命が救われるんだぞ。どうだ、破格の提案だと思わないか?」
命の数だけでいえば破格の提案だ。
しかし、そんな言葉は今の領主様の耳には響かない。
目の前に最愛の妻の命を奪った悪魔がいて、易々と見逃すはずがないのだ。
それよりもフェルイドが口にしたこの言葉には明らかな違和感がある。
まるで、まだ本気を出していないかのような余裕を感じる。
「戯言はよせ。既に満身創痍の貴様の提案など飲むメリットがなかろう?」
領主様はキッパリと断るとともに、剣を横薙ぎに振る。
「……本当にいいのか? 契約は絶対に守る悪魔からの言葉だぞ? 貴様らが救われる唯一の道筋だぞ?」
フェルイドは尚も確認をしてくる。
「時間稼ぎをするくらいなら、とっととその汚い口を塞いだらどうだ?」
「そうかそうか。貴様は愚かな選択をしたな! では、一撃で沈めるとしよう……」
フェルイドは大きく息を吐いた。
同時に纏う気配がグンッと重くなり、フェルイドの全身を禍々しい漆黒の闇が覆い始める。
背後にいるルークやカナタさんもそれに気がついたのか目を見張るが、俺にも何が起きているのかは理解できていなかった。
「これがこいつの真の姿か」
竜の巣の木がが危険を知らせるかのようにガサガサと揺れていたが、次第にそれもおさまっていき、気がついた時には目の前に化け物が佇んでいた。
「——さあ、我を楽しませてくれよ?」
フェルイドは人型から竜に姿を変え、脳に直接語りかけるような重みのある声を出した。
「……ド、ドドド、ドラゴンっ!? 全然悪魔じゃないじゃないですか!?」
「やばい、ね……」
ルークとカナタさんの声を聞いた領主様の頬にツーッと汗が伝っていくのが分かる。
フェルイドは人型の時よりも体躯が何倍も大きくなり、それに比例して魔力も増加している。
いよいよここにきて魔法を使わないという情報の信憑性が薄れてきた。
「……危険だな」
背後で横たえながら戦況を見守るゴードンさんと、完全に意識を失ったジェームズさん。
そして戦闘面ではおそらく戦力として数えられないルーク。
どういう魔法やスキルを保持しているか謎に満ちたカナタさん。
現時点でまともにこの化け物と戦えるのは領主様と俺のみ。
全員を守れる保証はどこにもなく、死者が出る可能性ほうが高い。
「——さあ、どこからでもかかってこい」
威勢のいいフェルイドの声とともに、第二ラウンドが始まった。
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