第65話 手助け

「次はどいつだ。さっきの老剣士か? それとも後ろでウジウジしている雑魚どもかァ!?」


 魔力切れでまともに戦闘することができないゴードンさんと、先程の攻撃で致命傷を負ってしまったジェームズさんの二人に期待はできない。


 残るは俺を含めた後衛の三人と領主様のみ。


「……こ、ここで終わるんですかね」


 依然として声を震わせているルークが言ったが、それにはカナタさんも反応することができずに、首を垂れることしかできない。


「——俺がやる」


 領主様がまともに戦闘を行なったとしても勝ちの目が薄いのは明白だ。

 ここまでは自分なりのお節介と配慮から静観を続けてきたが、流石に黙っていられない状況だ。


「し、師匠? い、いくら師匠が強いからと言っても、あんな悪魔に勝てますか……?」


「ああ」


 フェルイドの実力がこれまで見てきたものの通りなら、おそらく勝つことは可能だ。

 俺は間を開けずに返事をした。


「……待って」


「カナタさん、何か?」


「君が、あの悪魔に勝てるとは思えない……死ぬよ?」


 一歩足を踏み出した俺のことをカナタさんが呼び止めた。

 おっとりとした紫色の瞳をスッと細めて淡々と危険を告げる。


「きっと大丈夫ですよ」


「——領主様」


 俺は一人で前衛を務める領主様の隣へ向かった。


「……タケ。何をしにきた」


 領主様は今にも消えそうな声で、こちらを見ずに言った。


「このままだと全滅してしまいます。俺がフェルイドを仕留めるので、倒れた二人のことを頼みます」


 フェルイドがいつ攻撃してくるか分からないので、俺は簡潔に要件を伝える。


「それはできん」


「どうしてですか?」


 間髪を入れずに放たれた短い否定の言葉。

 そこには確かな意志を感じた。


「儂のわがままだ——おとことしてやらねばならん時がある。それが今だ」


「……本当に良いんですか?」


 俺は小さな声で聞いた。


「——当然だ」


 だが返ってきたのは一瞬の迷いも見られない力強い言葉だった。


 二十年前に一線を退き、現役の冒険者よりもブランクがあるはずなのに、どうしてそこまでモンスターの討伐に全力になれるのだろう。


「では、手を貸します。それなら良いですよね?」


「勝手にしろ」


 命の危険が差し迫る状況で引き下がることのできない俺の言葉に、領主様はぶっきらぼうに返事をした。


「——死ぬ前の最後の話は終わりか?」


「待たせたな。貴様をどう倒してやろうか話し合っていてな」


 ここまで俺たちのやり取りを余裕そうな態度で眺めていたフェルイドに、領主様は挑発的な言葉で応戦する。


「フハハハハッ! 我にまるで歯が立たない老剣士が何を言うかと思えば、そんな戯言を話していたとはな! 笑わせるな」


 しかし、フェルイドは全身を大きく震わせながら、心の底から哀れみの感情を含んだ笑い声を漏らした。


「……パパを馬鹿にするな!」


 背後にいるルークが悔しそうに言った。

 

「本来は散るべきではない儚い命を無残に散らした貴様は儂が討ってやる」

 

「儚い命? 何のことだ?」


 剣先をゆっくりとフェルイドへ向けた領主様の言葉に、フェルイドは疑問の声を漏らした。

 

「……やはり貴様は覚えていないか。【悲劇の夜】が起きたあの日。突如として人間界に洗われた貴様はどれだけの人間を殺した?」


 やはり【悲劇の夜】が関係していたのか。


「【悲劇の夜】? 人間界に散歩しにきたのは今日で二回目だぜ?」


「美しい銀髪に、透き通るような瞳をした女性を殺した覚えは?」


 銀髪……俺が思い当たるのはルークだけ。

 その女性と領主様、そしてフェルイドに一体何の関係が?

 俺はそう胸で疑問を呈したが、答えは概ね分かっていた。


「——あぁ、思い出したぜ。後ろから首を刈ったんだよ。あれは爽快だったなァ! 近くにいた人間の親子も泣いてたしよォ! あれが忘れられなくてこうして人間界に戻ってきたんだよ!」


 腹を抱えて愉快に笑うフェルイドは不快そのものだった。

 悪魔というのは心がないのか、人を殺しておいて何も思わないようだ。


「領主様。一体どういうことですか?」

 

「【悲劇の夜】が起きたあの日。突如として人間界に現れたこいつは、儂の妻セシリアを殺したのだ」


 領主様は怒りを体現するようにして神妙な面持ちで地面に剣を刺した。


「——クソッ! お前が……お前がママを……ぅぅ……」


「ルーク、悪かったな。儂が不甲斐ないせいで、ママを亡くしてしまった」


 ハラハラと泣き崩れるルークに、領主様が重みのある言葉を投げかけた。


 そんな中、俺とカナタさんは呆然と立ち尽くして同情することしかできないでいた。


「——はぁぁぁ……これから死ぬってのに、随分と仲良しごっこしてるじゃねぇか? なぁ?」


 フェルイドは大きなため息をつくと、二人のことを嘲るように笑った。


「死ぬのは貴様だッ!」


 領主様は数十分前の感情が荒ぶっていた時よりも冷静に、それでいて力強く剣を構え、フェルイドを目掛けて走り出した。


「来い! 老剣士よ! 精々我を楽しませるがよい!」


 戦いの火蓋が切られた。


 フェルイドが重心を低くして、迫り来る攻撃に備える。

 先ほどとは剥き出しにする殺意がまるで違う。本気の殺し合いだ。

 


「……俺も準備するか」


 俺はいつでも領主様の危機を助け出せるように戦況を見守ることにした。

 刀を抜き、目を細め、じっくりと二人の攻防を観察する。

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