第64話 再生能力

「……ほう? 貴様一人でか?」


「ああ」


 ゴードンさんは薄ら笑いを浮かべるフェルイドの挑発じみた言動に、一切取り乱すことなく静かに答えた。


「ゴードン、一太刀いれたらすぐに交代してくれ」


「ギニトさんを頼みます」


 ジェームズさんの言葉にゴードンさんは小さく頷くと、鼻息を荒くして落ち着きを失ってしまった領主様に目をやった。


「今は俺がギニトさんのことを見ておくから、心置きなく戦ってくれて構わないよ。でも、危険になったらすぐに交代すること。わかったね?」


纏魔剣てんまけん


 ゴードンさんは承知の意を示すように地面に突き刺さった大剣を抜くと、グンっと足に力を加えた。

 同時に全身から魔力を溢れさせていくと、大剣は次第に青みがかった光を帯びていく。


「……何をする気だ?」


 攻撃は一太刀だけでいいというジェームズさんの言葉。

 加えて、青みがかった大剣。


「まさか、魔力を纏わせているのか?」


 大剣に纏うは多大な魔力。

 どういう原理で、どういった効果を得られるのかは分からないが、ゴードンさんは慣れた様子でそれをやってのけた。


「タケルくん。君はつくづく鋭いね」


「ジェームズさん、あれは一体……」


「あれは俺の知る限り世界でもゴードンにしかできない魔法だね。効果は直ぐに分かるさ」


 ゴードンさんしかできない魔法——つまりあれはレナが言っていた特殊魔法ということか。

 ジェームズさんの口振りからして、中々の魔法だということがわかる。


「参る……!」


 ゴードンさんは地面を抉り、勢いよく駆け出した。

 鎧や大剣の重さを感じさせない動きで、瞬時にフェルイドの眼前に移動し、縦に大剣を振るう。

 一刀両断を具現化したような一撃だ。


「甘いッ!」


 しかし、ゴードンさんが大きく振るった大剣をフェルイドはあっさりと回避する。


「……」


 ゴードンさんはそんなものは予測済みだと言わんばかりに、次々と攻撃を繰り出していく。


 右へ左へ大剣を振り、徐々にフェルイドのこと押しのけていき優勢に立つ。

 回避した後の動きを読むことで、フェルイドの二手、三手先をいく。


「先ほどの老剣士よりはやるようだな。フハハ! 楽しくなってきたぞ!」


 フェルイドは戦闘中ながらも心底楽しそうな笑い声を上げた。


「——フッ……」


 ゴードンさんが若干の余裕と隙を見せたフェルイドに向かって大剣の先を向けた。


「……? 何を笑って——」


「——射出バースト


 刹那。ゴードンさんが持つ魔力を纏う大剣の先から、青白い光が発射された。

 それはフェルイドの右肩を容易に斬り落とす。

 そして、紫色の生々しい血が勢いよく吹き出し、右腕だった塊が宙を舞うことで、そのダメージの大きさを物語る。


 大剣に纏わり付く魔力はウネウネと蠢いており、ゴードンさんの手が小刻みに震えていることから、相当な練度が必要な魔法だということが分かった。


「貴様ァ! なにをしたッ!」


「……ジェームズさん。そろそろタイムリミットです」


 ゴードンさんは肩口を押さえながら、激昂を上げるフェルイドに目もくれずにジェームズさんに何かを告げた。


「よくやったよ。これで俺たちが優勢に立てたかな? ゴードンは俺の代わりにギニトさんを見ていてくれ。残りは俺が片付けるよ」

 

「……後は任せます」


 至って冷静なゴードンさんだったが、大剣に纏われた魔力が消えると同時に、その場に膝をついた。


 これは……ゴードンさんの魔力が空になっている?


「一体何が……?」


「簡単。多大な魔力と引き換えに、強くなった」


 俺の誰宛でもない質問に答えたのはカナタさんだった。


「先ほど大剣が瞬間的に伸長したように見えたのですが、あれは魔力ですか?」

 

「そう」


 つまり大剣に纏わせた魔力の消費量に応じた攻撃力が手に入るということか?

 そして大剣に纏わせた魔力は自在に操れる。


「あまりにもリスキーな魔法だな」


 現にゴードンさんは地面に膝をついて肩で息をしている。

 なんとか大剣に寄りかかって自身を支えているが、押したら倒れてしまいそうなくらい満身創痍な状態だ。

 領主様のことを見ているのすら辛いだろう。


「だから、一太刀だけ。それ以上やると、命が危ない。それに、あれを見て」


 カナタさんはフェルイドを指差した。


「クソッたれ! 傷が回復しねぇぞ!」


 肩口を深く斬られたフェルイドは片方の手で出血を止めようと試みるが、紫色の血は噴水のように溢れ出て止まるところを知らない。


「——彼の攻撃に一度でも斬られると、治癒能力がなくなる」


 凄い魔法だな。

 絶大な攻撃力に加えて、治癒能力を消すとは。


 だが……一つだけ気になった点があった。

 フェルイドからは


「……フェルイド。直ぐに楽にしてやる」


 ジェームズさんは片手で剣を構えると、痛みに悶えるフェルイドのもとへ駆け出した。


 これはまずいな……その判断は安直だ。


「ジェームズさんっ! 気をつけてください!」


 俺は焦燥に駆られた声でジェームズさんに早口で呼びかけた。

 フェルイドは俯いて唸り声をあげてはいるが、明らかに様子がおかしい。

 斬り落とされたはずの肩口がピクピクと動き、それが何かを表しているのかは不明だが、ここで油断して攻撃を仕掛けるのは愚直な判断だ。


「……消えろ! 悪魔め!」


 しかし、完全にフェルイドに意識を奪われているジェームズさんの耳に俺の声は届かない。


 ジェームズさんはフェルイドのことを確実に殺す意思を込めた剣を縦に振り下ろす。

 

「——なぁーんてな!」


 しかし、フェルイドが顔を上げてニヤリと笑うと同時に、グロテスクな音が辺りに響いた。


「カハッッッ……!」


 そして、目の前にはフェルイドの鎧ごと腹を貫かれて宙に浮くジェームズさんの姿。


 ジェームズさんの腹から溢れた鮮血は足を伝って地面に落ちていく。

 そこにはあまりにもショッキングな光景が広がっていた。


「ジェ、ジェームズさぁーーんっ!」


 それを見たルークが我を取り戻すと同時に、涙を孕んだ声で叫んだ。


「……ふんっ! クソったれが。痛かったじゃねぇか!」


 フェルイドは右腕を大きく振り、腹に拳ほどの大きさの穴があいたジェームズさんのことをこちらに吹き飛ばす。

 見たところ外傷は酷く見えるが、損傷は少なそうだな。

 カナタさんの回復魔法で治ってくれそうだ。


「化け物め……ッ!」


 やっと落ち着きを取り戻した領主様が、邪悪な笑みを浮かべるフェルイドに悪態をつく。

 

「ジェームズさん、大丈夫ですか?」


 俺はジェームズさんに声をかけた。

 

「……くっ……。き、厳しい、ね……」


 地面に横たえるジェームズさんは痛みに顔を顰めた。

 

「エクストラヒール! 内臓に損傷があるけど命に別状はないと思う。でも、多分、もう戦えない」


 カナタさんはすぐに白の上級魔法で回復を試みるが、完治とまではいかない。


「ハ、ハハ……もう……無理、そうだ……」


 ジェームズさんはパタリと意識を失った。

 幸い、呼吸は安定しているが、戦力として数えることができない状態になってしまった。


「……ゴードンさんの魔法を上回るほどの再生能力か。厄介だな」


 フェルイドはジェームズさんが刃を突き立てる直前で自身の右腕を再生し、ジェームズさんの鎧を突き破り、鋭利な爪を貫通させたのだ。


 決してジェームズさんが油断していたわけではない。こいつが人外なのだ。

 悪魔たる所以を見せつけられた瞬間でもあった。


 

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