第55話 彼の名はジェームズ
「ギニトさんは酒癖があんまり良くないんだ。いきなり来てもらったのに悪いね」
地鳴りのようないびきをかきながら気持ちよさそうに眠る領主様のことを見て、赤髪の男性は苦笑していた。
「いえ……」
本当は少し引いていたが、ここは誤魔化すことにする。
「タケルくんだったかな? ギニトさんから軽くだけど話は聞いているよ」
赤髪の男性は温和な笑みを浮かべた。
口調も柔らかく、優しい性格なんだろうとわかる。
「はい。フローノアで冒険者をしているタケルと言います」
「フローノアか。実はうちの娘もフローノアで冒険者をしているんだ」
赤髪の男性はどこか懐かしんでいるような様子だった。
「そうなんですね。えーっと——」
「——あぁ、俺はジェームズだ。王都で冒険者をしている」
俺がどういう呼び方をすればいいのかわからないでいると、赤髪の男性——ジェームズさんが、にこりと笑って簡潔に自己紹介をした。
「ジェームズさんも冒険者だったのですね。領主様とはどういったご関係なのですか?」
「ギニトさんは俺の師匠だよ。今も昔もお世話になりっぱなしだけどね」
ジェームズさんは爽やかに、それでいて朗らかに笑った。
「領主様も元冒険者でしたもんね」
「そうだね。ギニトさんはすごい冒険者だったよ。それで、君はギニトさんとはどういう関係なんだい?」
まるで子供が夢を見ているように言葉を紡いだ。
それほどジェームズさんにとってギニトさんの存在が大きかったのだろう。
「俺は……どういう関係でしょうか……?」
弟子の父親というのもよそよそしい気がする。
だとすると、ただの知り合いということになるが、それほど遠い関係ではないと個人的には思っている。
とにかくお世話にはなっているが、詳しい関係性はよくわからない。
「ハハハっ! そんなに難しく考えなくてもいいよ。ギニトさんは君のことを頼りにしているみたいだったしね」
「領主様が?」
「ああ。聞いたところによると、君は相当な手練れらしいね。ギニトさんだけでなく、ガルファさんのことも唸らせるほどの」
確かに竜の巣を踏破したけど、あれは足の速さに身を任せて走っただけだ。
実際に、先ほど竜の巣から感じた強大な気配を見に纏うドラゴンと戦って、瞬殺できる自信はあまりない。
「それは嬉しい評価ですが、俺のことを高く見過ぎですね。それより、ジェームズさんはガルファさんともお知り合いなのですか?」
「ガルファさんも俺の師匠なんだ。あの人にはしばらく会えてないけど、元気にしてるかな」
まさかのガルファさんも師匠とは。
あの筋骨隆々とした二人の弟子なら、ジェームズさんはパワー系の戦士だろうか。
「つい先日会ったばかりですが元気でしたよ」
「ほう? ガルファさんがフローノアに滞在していたとは聞いていたし、繋がりがあってもおかしくはないね」
「ええ。たくさんお世話になりました」
フローノアへの案内や情報の提供、無償で銀貨もくれたし、話し相手にもなってくれた。
あんなに丁寧で紳士的な人が元冒険者だっていうのだから驚きだ。
「そうかそうか! ああ、そうだ。君はどうして王都に来たんだ? フローノアからは何日もかかるだろう? 何か目的があったんじゃないのか?」
「まあ色々とありまして」
ジェームズさんがこうして丁寧に話してくれるとはいえ、言い方こそ悪いがただの他人だ。
俺の事情を持ち込むわけにはいかない。
「ふむ。仲間と喧嘩でもしたのかな?」
「……?」
「何故わかった、とでも言いたい顔だね。俺は相手の表情や視線から考えを見抜くのが得意なんだ。まあ、ガルファさんほどの精度はないけどね」
いやいや、そんなの対人戦において最強じゃないか。
それにガルファさんがそんな技を持っていたなんて、全く知らなかったぞ。
「……まあ、概ねその通りです。自分の弱さを見つめ直そうとして、お世話になった場所を訪れていました」
お世話になった場所——それは、竜の巣の奥にある秘境の地のことだ。
嘘が見抜かれると分かった以上、直接的表現を避けたほうがいいと判断し、こんな言い方になってしまった。
「以前の君の顔は知らないけど、どこか引き締まっているような気がするね。まるで、これから起こる”何か”に覚悟を決めたようだ」
ジェームズさんは神妙な面持ちで俺の目を見ていた。
「そうですね。何があるかはわからないので、備えるに越したことはありませんからね」
ジェームズさんが指している”何か”というのは、おそらく例のモンスターのことだろう。
「そうだね。もう例のモンスターへの対処法については聞いたかな? 先ほど全てのギルドから発表されたものだけど」
「対処法ですか?」
相手の実力がどれほどのものかはわからないが、簡単に対処できるものではないだろう。
「聞いていなかったか。例のモンスターが竜の巣に潜んでいる、という話は知っているよね?」
ジェームズさんは、さも当然かのように言った。
「いえ……竜の巣にはドラゴンがいるのでは?」
初っ端から知らない情報を聞かされたので、適当に聞き返す。
「では、最初から話そう。実は竜の巣にいるはずのドラゴンが何処かへ行ってしまってね。その原因が例のモンスターが竜の巣を根城にしたことだという情報が入ったんだ。情報源はSランク冒険者の男からだったから、信じるに値するだろう」
じゃあ俺が感じたあの強大な気配はドラゴンなんかではなく、例のモンスターだったということか?
危なかった……。
呑気に山を下りていたら襲われていた可能性もあったな。
縮地で気持ちよく最速で下山して正解だったな。
「……それってかなりやばくないですか? だって、竜の巣のドラゴンって相当強いんですよね?」
人間が容易に立ち入れない存在があるからこそ竜の巣は恐れられていた。
しかし、それ以上の脅威がすぐそこまで迫っているのだ。
「いや、正直なところ複数人のSランク冒険者がいれば、あのドラゴンの討伐は可能だろうね。まあ、かなりの痛手を追うことになるし、最悪の場合は死者が出てもおかしくはないけど」
「え、そうなんですか?」
ジェームズさんが嘘をついているようには思えなかった。
それくらい迷いなく言葉を吐いた。
「ああ。半年以上前に『漣』が討伐に向かうっていう情報は入っただろう? 結局は行かなかったけど」
「『漣』が……。どうして行かなかったんですか?」
まさか、ここで『漣』の名前を聞くとは思わなかったな。
「あそこのドラゴンが温厚な性格だったということが、間近で確認してすぐに分かったらしい。でも、ドラゴンは自分のテリトリーに入ってきた敵には容赦ないから、放っておくことにしたんだって聞いたよ」
「そうなんですか。それで、対処法というのは?」
「うん。魔王城への遠征に行っていないSランク冒険者に、実力者を加えたメンバーで討伐に向かうんだ。でも……少し怪しいかな」
ジェームズさんは悩ましげな表情だった。
「それだけの戦力がいれば、勝てるのでは?」
「実は『漣』のサラリーが死んだことで、かなり士気が下がっていてね。かなり人数は少なめになるかもしれない。」
相手の実力の把握ができていないのに、メンバーの確保ができないのはかなりの痛手だな。
「それは難しい問題ですね……。今のところ例のモンスターによる死者は出ているのですか?」
「それが死者はゼロなんだ。驚きだろ? 竜の巣の近くには少なからず人の往来があるはずなのにね」
どういうわけか死者がゼロか。
創り出した魔王の命令か、はたまた明確な自我に芽生えたヤツなりの考えがあるのか。いずれにせよ、何らかの考えがあるとみていいだろう。
「それより、ジェームズさんってどうしてそんなに詳しいんですか?」
質問ばかりで申し訳ないとも思ったが、気になったので素直に聞いてみることにした。
ジェームズさんは詳しいというよりも、先ほどから意見や受け答えが主観的なように思える。
まるで、自分がその一員というような捉え方だ。
「ん? だって、俺、Sランク冒険者だし。あれ? ギニトさんから何も聞かされてなかった?」
「え?」
ここ最近でも結構な衝撃が俺の頭の中に走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。