第54話 バラン亭

 例のモンスターの情報や魔王城への遠征の結果などが嘘のように思えるくらい、王都は賑わい、人々は活気にあふれていた。


 外も薄暗くなり、夜の店が営業を開始する時間帯であることも関係しているのかもしれないが、あまりにも楽観的に思える。


「……ここが、バラン亭か?」


 俺は久々の王都をブラブラと軽く観光をしながら、王宮のすぐ側に構える飲み屋——バラン亭に到着していた。


「ちょっと入りづらいな……」


 しかし、領主様が飲み屋と言っていたバラン亭は、明らかに俺のような一般人が来るようなところではなさそうな外観だった。

 夜の王都に構える数々の夜の店の中でも異彩を放つ金色こんじきの光は、思わず目を細めて直視するのを躊躇うほどだ。


「——すみませーん……」


「はい。一名様でのご利用ですか?」


「いえ……えーっと、ギニトさんという方の連れです」


 俺は恐る恐るゆっくりと足を踏み出してキラキラとした扉を開ける。

 すると、黒のかっちりとした礼服を着こなすダンディな男性がヌッと現れた。


「ギニト様のお客様でしたか。では、こちらへどうぞ。他の方も待っておられますので」


「他の方……?」


 いや、よくよく考えてみれば、俺以外の人がいてもおかしくはない。

 突然、王都の周辺で出会った俺のことを、わざわざ最高級の店に誘うわけがないだろう。


「こちらの個室になります」


「領主様の他にもう一人……誰だろう?」


 広くて長い高級感のあふれる廊下を歩いていくと、シンプルな作りだが品のある作りをした引き戸の前に到着した。


「では、失礼いたします」


 案内してくれた男性は俺の呟きに答えることなく、そそくさとその場を後にした。


「……ふぅ……行くか——失礼します」


「ジェームズ! お前ってやつは——む? おぉ! 待っていたぞ!」


 音を立てることなく丁寧に引き戸を開けると、既に酔いが回っているのか顔を真っ赤にした領主様と、そんな領主様に肩をバシバシと叩かれている赤髪の男性がいた。


 見たところ、四十歳くらいだろうか。

 それにしてもこの男の人、顔といい雰囲気といい誰かに似ている気がする。


「タケル、そこに座れ! 酒は飲めるか?」


「え、ええ」


 俺は円形のテーブルを囲うように半ば強制的に着席させられると、小さめのグラスを手に持たされた。


 ここまでの一連の流れに俺の意思は全く含まれていなかった。


「ほれほれ。グイッとグイッと!」


「……んぐっ……結構強いですね」


 酒はかなり度数が高かった。

 すぐに頭に血がのぼり、全身がポカポカと温まる。


「ガハハハハッ! やるではないか! では——」


「——ギニトさん。彼も困っていますから、その辺で……」


「んぁ? 悪い悪……い……グガァァァァ……グゥゥゥ……」


 赤髪の男性が静止を促すも、領主様は崩れ落ちるようにして眠りについてしまった。


 円形のテーブルに並ぶグラスの山を見る限り、どうやら俺が来る前から大量の酒を煽っていたようだ。


「……あの、どうしましょうか」


「そうだね。ギニトさんはそっちのソファで寝かせておこうか」

 

 目の前にいる男性と俺は完全に初対面。

 共通の知り合いであるはずの領主様が意識を失った今、俺はどうすればいいかわからなくなっていた。


「ええ……」


 俺は領主様の巨体を担ぎ上げ、背後に置かれた巨大なソファの上に寝かせた。


 この部屋はかなり広くスペースもあるので、相当な地位の人しか立ち入ることのできない特別な部屋なのかもしれない。

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