第七章 いざ、王都へ

第53話 こんにちは領主様

「——今日で一週間か。あいつらは元気にしてるかな……」


 竜の巣の奥に広がる秘境の地に足を踏み入れてから早一週間。俺はひたすらに濃密な修行と熟思黙想を繰り返していた。

 その結果、俺は自分の心に素直になり、乱れた感情をコントロールすることに成功していた。


「精神はかなり擦り減ったが、実力も確実に上がったな」


 さらに、前方に聳え立つ小高い山はバラバラに崩れており、縮地をやり過ぎた影響で地面の至るところが深く抉れているのが分かる。


「それにしても、どうしてこんなところの情報を領主様は欲しがってたんだろうな……」


 三年と一週間あまりの時間をこの地で過ごして分かったが、ここには特に何もない。

 深い霧、小高い山、その中に生えた食べられる植物。

 人間が暮らすにはとても不便な環境だ。


「下に宝があるわけでもないし、変わった植生ってわけでもない。ただ、植物の成長速度は凄まじいな」


 変わったことといえば、植物の成長速度が尋常じゃないくらい速いということくらいだ。

 植物の根の部分の組織さえ破壊しなければ、数日経てば元通りになっている。

 ここにいたら肉は食べられず、精神修行のような状況に陥るが、我慢さえできれば常人でも暮らしていくことは可能だろう。


「——ふっ!」


 立ち込める濃密な霧を払うように、刀を軽く縦に振ると、濃密な霧は、まるで俺に進路を譲るようにして竜の巣へ続く道を作る。


「帰るか……」


 時は満ちた。

 俺はスーーーッと、静かに刀を鞘に収めて、ゆっくりと歩き出した。

 足取りは軽い。しかし、慎重に歩を進めていく。

 この先、訪れるであろう”何か”に備えて……。

 そして、フローノアで待つあいつらへの最初の言葉を考えながら。





「すぅぅ……はぁぁぁ……」


 俺は適当に竜の巣を越えて、晴れ渡る空の下で深呼吸をしていた。

 やはり太陽の光があるのとないのとでは、心のコンディションが全然違う。


「この気配は……気にする必要ないか」


 先程から、竜の巣の辺りから邪悪な気配を感じるが、おそらくは竜の巣と呼ばれる所以となったドラゴンのものだろう。

 かなりの距離があいているのでわかりにくいが、Aランク以上の実力はありそうだ。


「それにしても、例のモンスターはこの辺りにはいなさそうだな……」


 サクラは王都近辺に現れたと言っていたはずだが、見たところ強大な気配は竜の巣に潜むドラゴンのもののみ。

 もしかしたら既に別の場所に行っているのかもしれない。


 俺は警戒心すら忘れて頭の中で考えを張り巡らせる。


 その時だった。


「——む? タケル? そんなところで何をしている?」


「……え? 領主様?」


「驚きたいのは儂のほうだ。フローノアにいるはずの君がどうして王都へ向かう通り道にいるのだ?」


 背後から見覚えのある馬車と共に現れたのは領主様だった。


「……少し用事がありまして」


 変に何かを疑われたくはないので、適当に誤魔化すことにした。


「ふむ。儂もこの辺りに用事があってな。タケルはもうフローノアに帰るのか?」

 

「まあ、その予定です」


 実のところ少しだけ迷っていた。

 すぐにフローノアに帰還して、あいつらに顔を見せるか、それとも王都に一泊だけしてお土産を持ち帰るか。

 あまり心配させたくはないので早々に帰りたい気分でもあるが、やはり心配はかけた以上、詫びとして一つや二つの品を渡したい気分でもある。

 

「もしも王都に来るのなら、今夜にでも王宮のすぐ側に構えるバラン亭という飲み屋に来てくれ。ではな」


 領主様は何か急ぎの用事でもあるのか、二頭の馬に鞭を打つと、砂煙をあげて勢いよく王都へ向かって走っていった。

 

 となると、領主様の口から何か追加の情報を得られるかもしれないな。


「——せっかくだし行くか。久々の王都だしな」


 正直、『ドラグニル』や『漣』の連中には会いたくはないが、王都の規模を考えるなら遭遇することはないだろう。


 仮に遭遇したとしてもロイ達は俺に気がつかないはずだ。サラリーがそうだったように。

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