第52話 Side by アン 2

「……聞き間違いですかね? Sランクって聞こえたんですが?」


「ルークさん……ぼ、ぼぼぼ、僕もそう聞こえました……」


「Sって……正真正銘の化け物じゃない! もしかして、アンって凄い人だったりする……?」


 三者三様、それぞれが驚きの感情を身振り手振りで表現していた。

 ルークさんは冷静に何かを考えるように、シフォンは口をアングリと開けて、レナはテーブルに乗り上げていた。


「う、ううん。凄いのはお父さんだよ」


 レナがずいっと私の眼前に詰め寄ってきたけど、私はただのDランク冒険者に過ぎないから、適当に否定をする。


「ん? もしかして……いや、しかし……」


「ルークさん? どうしたの?」


「い、いえ……一つガッテンがいったと言いますか……」


 ルークさんは私のお父さんがSランク冒険者だという事実を知ると、顎に手を当てて考え事を始めた。

 

「なによ? 勿体ぶらないではやく教えなさいよ」


「……先日のお見合いに関することなんですが、父上とガルファさんが冒険者として活動していた時代に一人の弟子がいたそうで、もしかしたらその方がアン嬢の——」


「——あっー! そういうこと!」


 私はルークさんの言葉を遮ると同時に、勢いよくその場で立ち上がった。


「アン? つまり、どういうことですか?」


「この前、私は領主様に初めて会ったはずなのに、大きくなったね、って言われたの!」


「ということは……やはり」


 ルークさんは頭の中で答え合わせをしているのか、まるで何かに閃いたように、ほんの僅かに口角を上げた。


「うん! 私のお父さんの師匠が領主様とガルファさんってこと! まさか、そんなところで繋がってたなんて思わなかったよ!」


 前のお見合いが組まれたのも私のお父さんとルークさんのお父さん——領主様が知り合いだったからだろう。


「えぇ!? じゃ、じゃあ、ルークの父親はSランク冒険者だったってこと!?」


 レナがガタガタと椅子と体を震わせながら後退りをした。

 シフォンは完全に動きが止まっており、驚きで言葉も出てこない状態だ。


「ええ。数十年前に一線を退いたそうですが、父上とガルファさんが同じパーティーだったと、私がまだ幼い頃に聞いた記憶があります」


 それを聞いたレナは「あ、あの二人のおじいちゃんが……」と言って唖然としていた。

 

 確かに見た目だけなら体の出来上がったおじいちゃんにしか見えない。


「突然お見合いを組まされたことにずっと引っかかってたから、これを知ってなんかスッキリしたよ!」


 私はどこか満足げな表情のルークさんと目を合わせて同時に頷いた。

 お互いにどういう関係性だったかを理解したことで、頭の中の異物が消えたような感じだ。


「ところで、レナさんって私の父上とガルファさんと面識があるのですか?」


 ついさっきレナがボソリと呟いた一言が聞こえたのか、ルークさんが不思議そうな声を漏らした。


「な、ないわ! ただの予想よ、予想!」


「そうですか。それと、今になって思ったのですが、お見合いの際に連れていた黒猫はどちらへ?」


 あっ! すっかり忘れていた……。

 すぐに私はレナに目配せを送って、発言に気をつけるように伝えた。


「あ、ああ。あれは、野良猫……そう! 野良猫よ! 可愛かったでしょ?」


「え、ええ。私も動物は好きなので、少し気になりまして……」


 レナは嘘か本当か分からなくなるほど慌てており、あたふたと額に汗をにじませながら言葉を紡いだ。


 ルークさんはレナの圧に押されてコクコクと頷いた。


「——あ、あの……」


「シフォン? どうしたの?」


 ルークさんが納得したことで、私とレナが少し落ち着いた空気に浸っていると、さっきまで驚きで微動だにしなかったシフォンが再起動をした。


「……食べながら話しませんか? せっかくのお料理が冷めてしまいます!」


「そ、そそ、そうね! もう、お酒もぬるくなっちゃったじゃない」

 

「すみません。つい、話に夢中になってしまいました」


 場の空気を一瞬にして一変させてしまうシフォンの一言で、この話は一旦置いておくことになり、改めて宴を開始することになったのだった。




「——ふぅ……お腹いっぱいですぅ……」


 それから一時間も経たずに、空になった大量のお皿が並ぶテーブルの前で、シフォンがだらしない体勢でお腹をぽんぽんと叩きながら言った。


「……相変わらずの食欲だったわね。人間の女の子ってすごいのね」


 レナはピクピクと頬を引きつらせていた。


「シフォンが特別なだけだよ……」


 私とレナとルークさんは話がメインだったのに対して、シフォンは八割以上は食事に時間を割いていた。

 それもあってか、あっという間に皿は空になり、話が盛り上がる頃には宴の時間は終わりを告げていた。


「あ、そういえば、ルークは家に帰らなくてもいいの? いつもなら帰る時間じゃないの?」


「ええ。三日ほど前から父上が家を開けているので大丈夫です。今日は初めて宿に泊まってみようかなと思っています」


 ルークさんは既に緩くなった水を飲んで、小さなため息をついた。


「ふーん。どこかに行ったの?」


 レナが興味なさげに質問を投げかけた。


「詳しくは聞いていませんが、馬車に武器を乗せて王都の方面へ向かったので、王都で武器でも売るつもりなのかもしれません」


「そっ」


「領主様は元Sランク冒険者だから平気だとは思うけど、こんな時に王都なんか行って大丈夫かな?」


 そっけなく返事をしたレナの言葉に続くように単純な疑問を呈した。


「うーん、確かに心配ですね……。様子を見に行きたいところですが、なにぶん王都までは時間が掛かるので厳しいですね」


 ルークさんは小刻みに貧乏ゆすりをしながら、もどかしそうに言葉を吐いた。


「そっかー。まあ、王都方面ってだけで、王都に行く訳ではないしね!」


「——そんなに心配なら行けばいいじゃない。明日の朝にでも行けるはずよ? まあ、条件付きだけどね!」


「レ、レナ? タケルさんの許可がないと….流石にそれは……」


 レナが何をしようとしているかはすぐに分かった。

 ルークさんのためとはいえ、無闇矢鱈に行うべきことではないことだ。


「だって、友達が困ってるのよ? 無償で働いてくれてくれている人に対して何もしないのは良くないと思うわ!」


「そ、そうだけど……で、でも!」


「大丈夫よ。条件付きって言ったでしょ?」


「お二人とも? 先程から何を言っているんですか? 今から出発して明日の朝に王都に行くなんて無理がありますよ」


 こそこそと話す私とレナのことを、ルークさんは訝しげな目で見ていた。


「詳しいことは教えないけど、明日の……そうね、八時過ぎにここにきて頂戴。店は休みにするから遅れないようにね!」


「は、はい……何をするかわかりませんが、変なことはさすがに遠慮しますからね……?」


 ルークさんは手をわきわきさせて張り切っているレナのことを見て、少し、いや、かなり引いていた。


「なによ! 変なことって! てか、アンタはもう帰りなさいよ! 片付けは私たちでやっておくから! ほら!」


「お、おっと! お、押さないでくださいよ! あっ、お二人ともまた明日!」


「は、ばいばい」


 レナに強引に背中を押されてルークさんは店を後にした。


「さっ、片付けるわよ」


「う、うん。それで、さっき言ってた条件って何?」


「それはね——」

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