第51話 Side by アン
「——かんぱーい! 今日もお疲れさまー!」
レナの音頭と共に日頃の疲れを振り払うようにして全員でジョッキをぶつけあうと、注がれた各々の飲み物が景気良く波を立たせて、宴の始まりを告げた。
「……ぷはぁっ! 美味しいね!」
「アン嬢。それは水ですよね?」
ルークさんはまるで勢いよくお酒煽ったように喉に波を打たせた私に確認をしてきた。
「うん! お酒はあまり好きじゃないから」
昨年末に十八歳の誕生日を迎えて成人はしたけど、あまりお酒を飲もうとは思えなかった。
特に理由はないけど。
「そうなんですね。では、お酒を飲むのはレナさんだけですかね」
「なに? みんな飲まないの? こんなに美味しいのにー!」
私とシフォン、ルークさんは水とジュース。
それに対して、レナは青みがかった飲み物——おそらくかなり度数が高いであろうお酒をチビチビと飲んでいた。
「レナってお酒強いんですか?」
シフォンが配膳されたばかりのステーキを、自分の小さな口の中に詰め込みながら言った。
相変わらずの食欲だ。
「あったりまえよ! 死にはしないから半永久的に飲めるわね!」
レナはスライムだからか、通常の人間がいつかは陥るであろう限界はほとんど存在しないらしい。
空腹もないし、満腹もない、喉も乾かなければ、酔いもしない。さらに見た目も変幻自在ときた。
ただ、味覚や嗅覚は存在しているようで、飲み食いすることは大好きなんだと教えてくれた。
「すごいですね。それにしても、まさかこんなに稼げるなんて思いませんでした」
「ほんとだよね! 私たちが冒険者として稼いできた額よりもずっと多いよ!」
レナが主体となって営業している商店——レナーズは、開店一週間にして、凄まじい売り上げになっていた。
「他の魔道具よりも高品質で安価なんだから、売れて当然よね!」
「レナさんが何者かは言及しませんが、私がこれまでに見た魔道具の中でも全てがトップクラスですよ……」
レナの言葉にルークさんは驚きを隠せない様子だった。そりゃあ、正体を知らないんだもん。驚くのも無理はないよね。
「うんうん、タケルさんにも見せてあげたい——あ、ごめん……」
私は自分が持っていた素直な気持ちを口にしたら、シフォンがしゅんとしてしまった。
同時に無責任な自分の発言を悔やんだ。
そして、さっきまで団欒としていた空間が途端に湿っぽくなる。
「……いいんです。僕とタケルさんの問題なので……」
「タケルは行き先を教えてくれなかったの?」
タケルさんと私たちが別居してから今日で一週間。
屋敷には誰もおらず、タケルさんは何処かへと行ってしまった。
「うん。屋敷を空けるとは言っていたんだけど、どこに行くかは聞いてないかな。聞いておけばよかったなぁ……」
私が吐いた言葉とため息はしんみりとした空気に飲まれていった。
「もしかして……僕のせいで——」
「——心配ないですよ。師匠はそんなことをする人ではありませんから!」
「そうよ。まだ少ししか知らないけど、悪いやつではないことだけは私にも分かるわ! だって、見ず知らずの街とその人々のために命をかけて尽力したのよ? 普通はそんな面倒ごとに自分から首なんて突っ込まないもの」
シフォンの悲観的な言葉を激しく否定したのはルークさんとレナだった。
互いにタケルさんに恩があるからだろう。
そういう私とシフォンもタケルさんには返しきれない恩があり、色々な場面でお世話になっている。
「二人の言う通りだよ! タケルさんが何の考えもなしに行動するわけないよ!」
タケルさんは今までにも単独で行動を起こしてきたことがあったけど、それは私たちに迷惑をかけるものではなかったから、今回もその類なのだと思う。
「ありがとうございます。僕、タケルさんの事情なんて分からないのに、自分の感情ばかり押し付けてしまいました……」
「今は開店一週間を記念した宴でしょ? 楽しくやりましょ!」
場の空気を明るくするようなレナの言葉に私とルークさんも小さく笑った。
「ごめんなさい」
「謝るのも禁止!」
シフォンはまだ罪悪感や心残りがあるのか、暗い表情だったけど、レナの一言でピシッと背筋を伸ばした。
「は、はいっ!」
「ほら、楽しい話をしましょ!」
レナは仕切り直しの意味を込めて、数回手を叩いた。
「あ……楽しい話に入る前に一つだけよろしいでしょうか?」
が、しかし、ルークさんが何か言いたげな表情で、おずおずと手をあげた。
「ルークさん? どうしたの?」
私は複雑な表情に切り替わったルークさんに聞いた。
「実は父上からの話なんですが、ギルドから公式に発表された魔王が創造した例のモンスターについて追加の情報が入りました」
「そういえば、そんなこともあったわね。フローノアからは遠いし、王都にいる冒険者が倒してくれるんじゃないの?」
レナが特に問題はなさそうな楽観的な口調で言った。
私たちが知っている情報は、悪魔のようなモンスターが王都の近辺に現れたということだけ。
無関係とは言えないけど、それ以上のことはない。
「それなんですが、例のモンスターが竜の巣の近くに身を潜めているらしく、そのルートを用いた通行は控えた方がいいとのことです。まあ、あり得ない話ですが、瞬間移動でもしない限りフローノアには来ないはずですので、安心してください」
瞬間移動——その言葉と共に浮かんだのはレナの転移魔法だ。
あれは瞬間移動と呼べるものだろう。
テレポートはレナ自身が唱えられるだけじゃなく、半永久的に使用できる魔道具としても存在しているとレナが言っていた。
「竜の巣……ですか? そこって王都からそう遠くない山ですよね?」
「ええ。シフォン嬢、それがどうかしましたか?」
シフォンは何か気になることでもあるのか、小さく眉をひそめた。
「仮に王都の冒険者が駆り出される場合、アンの父親は大丈夫ですかね?」
「あっ!」
ここ最近は色々とドタバタしていたからすっかり忘れていた。
「アン嬢のお父様はどのような方なのですか?」
「あれ? みんなに話してなかったっけ?」
言ったような気がするけど……気のせいだったかな?
「なになに、アンのお父さんはそんなに優秀な冒険者なの?」
「王都で現役で活動しているくらいですから、Bランク以上は確実でしょう!」
「つまり、めちゃくちゃ強いってこと!?」
レナとシフォンが私のお父さんの実力を予想して盛り上がっている。
「アン嬢、お二人の予想はどうですか?」
「うーん……当たってるけど外れかな!」
「……んー? もっとランクが低いってことですか?」
私の回答を聞いたシフォンがムムムと可愛らしく唸って答えを出した。
「逆だよ! Bランク以上っていうのは合ってる!」
「もうっ! はぐらかさないで答えを教えなさいよ!」
クイズ形式はあまり得意ではないのか、レナが小動物のように吠えて答えを急かしてくる。
「……じゃあいうよ! 私のお父さんはね——」
私は大きく息を吸い込んで呼吸を整えた。
「——Sランク冒険者だよ!」
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