第45話 ルークは何処へ

「領主様、これはどういうことでしょうか?」


「……全く分からん。ルークはどこだ? ガル、何があったんだ?」


 俺は領主様と共にお見合いが行われているという部屋へ向かったのだが、そこには椅子に座るアンと、その後ろで佇むシフォン。その膝の上で横になる黒猫姿のレナ。

 そのすぐ側にガルファさんしかおらず、肝心のルークの姿が見当たらなかった。


「ルーク様はお相手の方の顔を見るや否や、すぐに部屋へ戻っていってしまいました。何度か静止するよう呼び止めたのですが、その声も届かず……」


 やはりルークもアンが相手だということは知らされていなかったのだろう。

 現にアンとシフォンも驚いたような表情をしており、いまいち状況を把握できていないようだ。


「わかった。儂は少しルークと少し話をしてくる。ガル、後は頼んでもいいか?」


「わかりました。ギニトは……ってもう行ってしまいましたか。それでは皆様、玄関までお送りします」


 領主様はどこか思い詰めたような表情で、早々に部屋を後にした。


「……二人とも帰るぞ」


「ニャァォ」


 領主様とルーク、親と子供で話すことがあるのだろう。俺たちはガルファさんに付いて長い廊下を歩いていき、外へと続く扉へ向かった。





「ガルファさん。何があったのですか?」


 どこか暗い雰囲気俺たちの後ろを歩くアンたちを尻目に、俺はガルファさんに事の顛末を聞いた。


「実は——」


 ガルファさんは複雑そうな表情で語り始めた。

 曰く、ルークは前々からお見合いに対しては後ろ向きの考えをしており、あまり乗り気ではなかったらしい。

 その理由は、仮にお見合いが成立してしまった場合、領主として跡を継がなければならなくなり、冒険ができなくなるから、らしい。


「……確かにルークは積極的にクエストに取り組んでますからね」


 ルークは毎日クエストを受注し、俺に稽古を頼み、アドバイスを受け入れて真摯に成長しようと努力している。


「はい。ギニトはそれを知った上で今回のお見合いを組んだのかもしれません。おそらく……いえ、なんでもありません」


 ガルファさんは何かを言いかけたが、すぐに言葉を濁した。


「何か理由があるんですね」


 ゆっくりと歩きながら話している間に、玄関の手前まで到着した。


「どうぞ」


 ガルファがドアを静かに開ける。


「ガルファさん、少しだけ時間をもらってもいいですか?」


「ええ。構いませんが?」


 ここまで送ってくれたガルファさんには悪いが、まだ少しだけ気になっていることがあった。


「ありがとうございます。二人は先に帰っててくれ。ちゃんと歩いて帰るんだぞ?」


 お調子者のレナのことだから、テレポートで帰る可能性もあるので、別れ際に念を押しておく。


「は、はい! アン、靴は外で履き替えますか?」


「うん。レナ、後でお願いね?」


「ニャッ!」


 二人と一匹はやや低めのトーンで会話をしながら、ドアをくぐって外へ出て行った。


「それで、お話というのは?」


 二人がいなくなるのを確認すると、ガルファさんの方が先に口を開いた。

 

「はい。王国直属の騎士団『ドラグニル』について話を聞きたくて」


 領主様と旧友で元冒険者であるガルファさんなら、何か知っているかもしれない。


「『ドラグニル』ですか……あそこの騎士団長とは一応知り合いですが、あまりいい噂は聞きませんね」


 まさかギルバードと知り合いだとは思わなかった。

 確かに歳は近い気がするので、もしかしたら領主様とギルバードも繋がりがあるかもしれない。


「どのような印象をお持ちですか?」

 

「……『ドラグニル』は古くから存在している騎士団ですが、これといった功績はありません。ワシの目には騎士団の皮をかぶった暗部にしか見えませんね」


 ガルファさんは少し悩んだ素振りを見せて、自身が経験した事があるような言い方をした。


「暗部、ですか」


 そう言われてみればそうとしか見えなくなってくる。

 現にシャルムの人々は数々の嫌がらせを受けていたはずなのに、外部には全くその情報が漏れていなかった。


 ギルバードとサランをあそこから解放した人物の正体はまだわからないが、『ドラグニル』の騎士以外の誰かだろう。


「ええ。タケル様が『ドラグニル』とどういった関係かは把握していませんが、あまり関わらないことをお勧めします」


「わかっています。他人にはあまり期待をしていないので」


 ある程度の仲、信頼に足る要素があるのなら話は別だが、俺は見ず知らずの人間に期待するようなことはしない。


「そうですか。では、ワシからも聞きたいことがありまして。よろしいですか?」


 話がひと段落ついたところで、ガルファさんはスッと目を細めた。

 まるで、何かを疑っているかのように。


「ええ。なんでしょうか?」


「——お連れの黒猫は何者でしょうか?」


 俺は心臓が跳ね上がった。

 領主様とガルファさんは手練れの冒険者だと予想はしていたが、まさかあの微弱な気配に気がつくなんて。


「ペット……ですかね」


「ふむ……」


 ガルファさんは俺の当たり障りのない答えを聞くと、顎に手を当てて少し悩ましそうにしていた。


「……申し訳ありませんが、用事があるので失礼します。お気をつけてお帰りください」


 それから暫しの間を置いてから、ガルファさんはその場を後にした。

 どうやら難を逃れたらしい。


「すみません、今日はありがとうございました。失礼します」


 俺はガルファさんの背に軽く会釈をして、屋敷への帰路に就いたのだった。


 レナという存在を保護、というより仲間にした以上は、どこに何があるか、何が起こるかが全く分からないので、常に警戒をしていく必要があるだろう。

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