第44話 教えて領主様!
「気になって落ち着かないな」
部屋に入ってから早くも十分ほどが経過したが、俺の心はどうも落ち着きがなかった。
せっかく部屋に入ってから柔らかなソファがあるというのに、俺は先程から部屋をうろうろと歩き回っている。
———コンコンコン。そんな時、扉が三回ノックされる。
「——待たせたな。タケ」
「……領主様? どうしてここに?」
すると、俺が入札を促したわけでもなく、何食わぬ顔をした領主様が現れた。
「儂の家なのだから当然だろう?」
「い、いえ。そうではなくて、ガルファさんはどちらへ?」
「息子のお見合いを組んだのは儂の方だが、その場で見届けるのは気恥ずかしくてな。ガルに全てを任せてきた」
領主様はガッハッハと口を大きく開けて笑っていた。
「ん? 息子のお見合いとは……?」
「ルークから聞いておらんのか? 今日はうちのルークのお見合いだぞ?」
領主様は部屋の中央に置かれたソファにドカっと腰を下ろすと同時に、耳を疑うような言葉を吐いた。
「へっ?」
俺の視界には目の前の壁しか入らなくなり、驚きで頭の中は真っ白になり、何もかもがゼロになった。
「タケ、どうした?」
「い、いえ、少し頭の中が混濁してただけなので平気です……」
俺は「何を驚いているんだ?」とでも言いたげな領主様の声で意識を取り戻したが、実際には何が起こっているかがあまり理解できていなかった。
「ふむ? そうか。急遽決まった話だったから驚くのも無理もないだろう」
「そうだったんですか……」
ルークは数ヶ月後にお見合いがあると言ってはいたが、まさかその相手がアンだとは……。
「ならよいのだが……」
「お見合いの時期は数ヶ月後だとルークから聞いていたのですが、何か事情があって早まったんですか?」
少し詮索しすぎだとも思うが、アンとルークの関係者なので聞く権利はあるだろう。
「実は相手方のお嬢さんの父親——まあ、儂の弟子にあたる男なんだが、やつが急かしてきてな。突然ではあるがこのような形になった」
「あー、そういうことですか……」
アンは自身の父親が心配性だと言っていたので、それが関係しているのかもしれない。
「それよりも魔王城への遠征についての話は知っているか?」
「いえ、少し前にそんな話題もありましたけど……もう遠征は終了したのですか?」
バタバタしていたので、あっという間に時間が経っていた。
「ああ。近いうちにギルドから公表されるのだが……聞きたいか?」
途端に領主様の表情が険しくなり、良い結果ではないことはすぐに理解することができた。
「領主様さえよろしければ聞かせていただけますか?」
若干ではあるが気になっていたので、俺は一歩踏み込むことにした。
「うむ。実は今朝方、王都から遣いが来てな」
「はい」
「五名のSランク冒険者のうち、一名が死亡、残り四名は生き延びたそうだ……」
「死亡……ですか。確か遠征メンバーは四人のはずでしたが、今回は五人で行ったんですか?」
冒険者というのは生きるか死ぬか全く分からない世界だが、Sランク冒険者でさえ”死ぬ”という現実を突きつけられてしまうと、中々厳しいものがある。
「その死亡したのは、どうやらリザーバーとして参加していた者らしいな」
「リザーバーですか……」
リザーバー。つまりは補欠ということ。
もしものための要因だったのだろう。
本来の遠征メンバーよりも一人多い理由はそこにあったのか。
「ああ。王都の上層部の判断で、急遽追加で招集したようだ」
基本的にパーティーは連携が取りやすいように、多くても四人で組むことが多いので、まさか五人で乗り込むとは思わなかった。
「……では、今回も魔王城の攻略は進まなかったのですね」
「前回よりはマシだが、詳しい情報はまだ分かっていないんだ」
一人とはいえSランク冒険者が死亡したのだ。
相当なニュースになるだろう。
「よく生きて帰ることができましたね」
二十年前の遠征もそうだが、どうして魔王は攻めてきた人間を生かすのだろうか。
「やつらは自分よりも弱いものを痛ぶることを楽しんでいる。モンスターやダンジョンを出現させているのは魔王だという話もあるくらいだ。人間は手のひらの上で転がされているに過ぎない」
まるでその目で全てを見てきたような言い方だった。
「……そんな理由があったんですね……どうしてそこまで詳しいのですか?」
「今は老体とはいえ、儂だって元冒険者だ。若者よりは情報があってもおかしくなかろう?」
領主様はニヤリと口角を上げた。
体から滲み出る雰囲気は歴戦の冒険者そのものである。
「すごい冒険者だったのですね」
「まあな。それより……」
「どうかしました?」
突如として領主様はそわそわとしたかと思いきや、何かが気になるような様子で、小刻みに貧乏ゆすりを始めた。
「息子のお見合いを見るのは恥ずかしいのだが……やはりな……」
「あぁ、そういうことですか。では、俺も付いていくので、チラッと確認しに行きませんか?」
「……すまんな」
「いえ。俺も気になってましたから」
俺と同じく領主様も興味のないフリをしていたのだろう。
利害の一致ということで、二人でお見合いの様子を見にいくことになった。
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