第43話 いざ、大豪邸へ……

「——準備は済んだか?」


「大丈夫よ! でも、まだシフォンが起きてないわね」


 小さなピンク色の花があしらわれた真っ赤なドレスを着ているアンと、バッチリと外用のお洒落をしているレナの姿があった。


「わかった。アンとレナは先に向かっててくれ。もちろん徒歩でな」


「えぇー。転移魔法で行くのはダメ? 領主の家ってあそこの丘の上だし、歩いたら結構遠くない?」


 レナが面倒くさそうにそう言った。


「万が一を考えるならダメだ。それとレナはアンの付き添いをする場合は黒猫の姿でいてくれ」


「えぇーっ! せっかくお洒落したのに!」


「悪い。先に言っておくべきだったな」


 レナは不服そうにむくれているが、お見合い相手の他にも、領主様やルークがいることを考えるなら必要な判断なので我慢してもらうしかない。


「タケルさん。靴はあっちで履き替えてもいいよね?」


「ああ。レナに持ってもらって、近くで履き替えてくれ」


 アンはドレスと同色のキラキラとした靴を煩わしそうに見ていた。

 こういう正装にはあまり慣れていないのだろう。


「じゃあ、話は纏まったし行ってくるわね!」


 レナは一瞬で姿を黒猫に変えると、アンの首に緩やかに巻き付いた。


「ああ。すぐに追いつく。昼まではまだ余裕があるから、ゆっくり向かっていてくれ」


「タケルさん、寝坊助シフォンのことよろしくね——」


 バタンと静かに戸が閉まり、屋敷はシンと静かになった。


「はぁ……こんな日にまで寝坊するなんてな……」


 アンにとって人生のターニングポイントになるような日だというのに、全く起きる気配のないシフォンを起こしに行くのだった。






「ご、ごめんなさい……アンのことを考えてたら眠れなくて……」


 ベッドで幸せそうに眠っていたシフォンを強く揺さぶること十数分。

 少し時間が掛かったが、なんとか出発することができた。


「……大丈夫だ」


 シフォンは食事の量もさることながら、睡眠の量もとてつもないので、誰かが生活を管理しなければならない。

 まあ、俺がそれをする分には別に苦ではないので構わないのだが。


「二人はもう先に向かっているんですよね?」


「ああ。そろそろ到着していそうだな。それよりも、シフォンはあっちに着いたらどうする?」


 俺はシフォンを背負って、領主様の大豪邸を目掛けて適当に走っていく。


「んー……アンの近くで経過を見守りたいです!」


「そうか。領主様とお見合いの相手の方の許可をもらえるならそれでも大丈夫だろう」


 相手がどんな人かは分からないが、さすがに拒否はしてこないと思うので、その辺りはなんとかなりそうだ。


「そうですね。タケルさんはどうするんですか?」


「俺は大人しくしてるよ」


 と言ってもルークがいたら稽古をつけてやりたいと思っている。


「そうですか。僕とレナでしっかりとアンの相手を精査するので期待しておいてください!」


 シフォンは鼻息を荒くして調子のいい声色をあげた。


「……もしも、シフォンはアンのお見合いが成功して、冒険者を引退することになったらどうする?」


 俺の背中で揺られるシフォンに聞いた。


「昨日の夜、たくさん考えたんですが、僕はアンの意見を尊重します……でも、もっと『一閃』で、みんなで強くなりたいです」

 

 シフォンは静かに呟いたが、その言葉には強い意志を確かに感じた。


「そうだな。まだみんなで冒険したいよな。よし、着いたぞ。二人は……もう中に入ったのかな。すみませーん!」


 俺は背中からシフォンのことを優しく下ろしてから、丘の上に構える領主様の大豪邸のドアを軽く叩いた。


「——はいはい……おや? タケル様ではありませんか。どうしたんですか?」


「ガルファさん? まだフローノアにご滞在されていたんですね」


「ええ。ですが、用事も済んだので、今日のお見合いを見届けてから帰る予定です」


 おおらかな声色とともにドアが開くと、元冒険者で現在は商人をしている初老の男性——ガルファさんが現れた。


「タケルさん。この方は?」


 シフォンが俺の後ろに隠れて、不思議そうに聞いてくる。


「……まあ、色々あって知り合ってな。ガルファさん、こちらはパーティーメンバーのシフォンです。それと、少し前に黒猫を首に巻いた赤髪の女の子が来ませんでしたか?」


「なるほど、アン様はタケル様のお仲間でしたか。では、中で話しましょうか」


 ガルファさんの理解が早くて助かる。


「シフォン、いくぞ?」


「は、はい!」


 俺は屋敷の交渉をした時以来、領主様の大豪邸にお邪魔するのは二度目だったが、シフォンは初めてということもあってか、一つ一つの動きがぎこちなくなっていた。








「——お見合いに同席することも可能ですが、お二人はどうしますか?」


 緩やかな階段を上り、長い廊下を歩きながら話を進めていく。


「こちらのシフォンだけ同席しますので、案内をお願いしても?」


「かしこまりました。では、タケルさんはこちらの部屋でお待ちください」


「はい。シフォン、アンにとっては大切な場だ。あまり口は出さないようにな?」


 俺はガルファさんが綺麗な所作で開けたドアをくぐり終える前に、シフォンに軽い注意を促す。

 シフォンは比較的大人しい方だから大丈夫だとは思うが、念のためだ。


「わ、わかってます! お相手がどんな方か見定めてきます!」


「期待してるよ」


 俺は適当に会話に区切りつけて、部屋の奥へ入っていく。

 それと同時にガルファさんの手で静かにドアが閉められて、部屋には一人だけになった。


「相手はどんな人だろうな。もしアンが結婚を決意したら……」


 寂しくなるな……。

 若干の照れ臭さがあり、素直に言葉は出てこないが、その感情は胸の中に確かに存在した。


「なんにせよ、一人でゆっくり待つしかないか」


 俺は巨大な窓からフローノアの街並みを見渡しながら、その時を待つことにした。

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