第33話 路地裏の攻防

「貴様は酒場でサランと揉めていた男だな? そこの女となにをしていた?」


 眉を顰めながら細剣を構えている初老の男性は『ドラグニル』の騎士団長——ギルバードだ。


「特になにも」


 行動を開始するのは明朝と言っていたはずだが……。


「では、そいつを渡せ」


 俺はレナの身を庇うようにして、ギルバードと対峙した。


「理由を聞いても?」


 レナは俺の服の袖を軽く掴みながら、小刻みに震えていた。


「漸く見つけたターゲットだからだ」


「それならば渡せない」


 細剣の構えや佇まいを見るに、相当な実力者だとわかる。

 戦闘は必至だな。


「そうか……。では、実力行使でいかせてもらおう」


「……場所を変えないか? “騎士”らしく正々堂々と勝負をつけよう」


 流石にシャルムの街を破壊するわけにもいかないので、俺は戦闘場所の移動の提案をした。

 まあ、こんな提案が通るとも思っていないが。


「ふむ、いいだろう。私も歳は取ったが、一人の騎士だ」


 ギルバードはニヤリと口角を上げると、鞘に細剣を収めた。


「では、街の外の草原はどうだ?」


 俺はギルバードを誘い出すように、背を向けて外壁を指差した。


「——隙だらけだッ!」


 やはりか……。こいつは騎士でもなんでもない。

 ギルバードは俺が背を向けた瞬間に細剣を振り下ろしてきた。

 しかし、そんなことは想定内だ。


「……甘いな」

 

「く、くっ!」


 俺はすぐさま抜刀し、なんなくギルバードの細剣を受けとめる。


「こんな街中で派手に戦闘なんかして許されると思ってるのか?」


 ギルバードは血気盛んな様子で、全く自重する気がなさそうだった。


「そいつが人払いの魔法を掛けているから問題ない。この裏路地は現実とは別の空間だ。ここに市民が立ち入る心配はない」


 この異様な雰囲気はレナの人払いの魔法の影響だったのか。

 初めての感覚だったから全くわからなかったな。


「タ、タケル。大丈夫なの?」


「ああ。レナ。後ろにいてくれ」


 俺は後ろで怯えるレナから三メートルほど距離を取り、改めてギルバードと対峙した。


「う、うん……」


「……かかってこい」


「——参るッ!」


 ギルバードは片手で細剣を構えると、アーマープレートの重量感をまるで感じさせない動きで距離を詰めてきた。

 だが、しかし……


「剣筋が遅いな……。これが騎士団長か?」


 俺はギルバードが織りなす細かい連撃を簡単に遇らっていく。


「……貴様、何者だ! 俺の実力はAランク相当だぞ!?」


 ギルバードは苦し紛れに怒号を撒き散らした。


「ただのDランク冒険者だ……」


「こんなDランクがいてたまるかッ! クソッ!」


 ギルバードは自身が劣勢だと理解しているはずなのに、その苦しげな表情とは裏腹にどこか余裕を含んだ態度を感じさせていた。


 これは何かされる前に行動を起こしたほうがよさそうだな。


「悪いが、早々に——」


「——タケル! た、たたた、助けて!」


 俺は決着を急ごうと縮地で瞬殺しようとしたのだが、少し判断が遅かったようだ。


「レナ……」


「サラン! 良くやったぞ!」


「はい! こいつの命がどうなってもいいのか? わかったらすぐに武器を捨てろ!」


 俺の背後にいたレナは酒場にいた騎士の男——サランにナイフを突きつけられており、涙を流して助けを求めていた。


「こいつの命が目の前で散るところを見たくなければ……わかるな?」


 ギルバードは俺に鋭利な細剣を向けながら言った。

 つくづく卑劣な男だ。


「……ああ」


 俺は自然な動作で背後を確認し、ゆっくりと地面に刀を置いた。


「よし。地面にうつ伏せになれ。そして『ドラグニル』の騎士への無礼を詫びろ。俺が良いと言うまでだ」


「……ふぅ……」


 俺は呼吸を整えて、攻撃の隙を窺う。


「……どうした? 早くしろ。さては、恐怖で声も出ないか?」


 ギルバードは下品な笑みを浮かべながら、俺の方にゆっくりと接近してきた。


「タケル! 私のことはいいから——」


「——縮地!」


 レナを人質に取って余裕が生まれたせいか、前方から迫るギルバードとサランが纏うピリピリとした空気感が一瞬だが緩和した。


「なッ!? 貴様ァ!」


 サランとギルバードはなにが起こったのかわからないという様子だった。


「レナを離せ。さもなくば、お前の部下の首が飛ぶぞ」

 

 俺は縮地でレナの首元にナイフを突きつけるサランの背後に回り、逆にサランの首元に三年前まで愛用していた短剣を突きつけた。


 どっちが悪人なのかわからない構図とセリフになってしまったが、人払いをしているので問題ないだろう。


「くッ!」


「……サラン」


「……クソが!」


 サランは不快な感情を含んだ舌打ちをしたが、ギルバードの一言でレナを乱暴に解放した。

 部下のいのちと騎士としてのめいを天秤にかけたギルバードの苦渋の決断だろう。


「キャッ!」


「大丈夫か?」


「う、うん。タケルは平気なの?」


「ああ。早く逃げろ」


 俺はサランの首元にナイフを突きつけながら、レナの身を案じて、この場からの逃亡を促した。


「——ごめんね。本当は巻き込みたくなかったのに、こんなことになって」


「構わん。早く行け」


 レナは俺の方をチラチラと振り返りながら、走り去っていた。

 ギルバードのような騎士団長クラスでようやく微弱な気配を認識できるはずなので、姿を変えながらであれば、この街から逃亡することは容易いだろう。


「貴様ァ……!」


 ギルバードは静かな怒りをその目に宿していた。

『ドラグニル』にとっては、それほど大切なめいだったのだろう。

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