第32話 黒猫の正体
二人が熟睡してから一時間ほど経過した頃。
俺は規則正しい呼吸をしている黒猫に疑いの言葉を掛けた。
「……君は何者だ?」
「……」
アンとシフォンは気が付いていなかったが、テーブルで横たえる黒猫は俺たちが話している最中に意識を取り戻していた。
「君からは微弱だがモンスターの気配を感じる。ただの黒猫ではないだろう?」
モンスターあるいは、それに類似する何かだろう。
「……ニャォ」
黒猫はおもむろに起き上がると、後ろ足を庇いながら窓から飛び出していった。
「……? ついてこいってことか?」
「ニャォ」
二階建ての宿ということもあり、飛び降りても平気だったのか、黒猫は何食わぬ顔で俺を先導するように歩き始めた。
俺は二人が熟睡していることを確認してから、黒猫に続いて窓を飛び降りる。
「どこに行くんだ……?」
「……」
黒猫は深夜ということもあってか、人通りの全くない街道を進んで行くと、異様な雰囲気が漂う裏路地に入っていった。
「……?」
俺は黒猫よりも数秒遅れてから恐る恐る裏路地に入っていくと、そこに黒猫の姿はなかった。
「消えた……? だが、気配はある……」
暗闇の中で目を凝らしながら黒猫を探すが、気配が微弱すぎて姿を捉えることは難しい。
「タケル」
「——誰だ」
姿は見えないのに透き通るような中性的な声が俺の耳に入ってきたので、俺は首を動かして声の出処を確認するが、声の出処は全くわからない。
「もっと下」
「……粘液? スライムか……?」
声の通りに目を下に這わせていくと、石造りの地面にはスライムらしき粘液が水溜りのように広がっていた。
「……この声に聞き覚えはない?」
聞き覚え? この声は……
「レナ? いや、そんなはずは——」
「——正解よ。これから起きることを見ても驚かないでね?」
レナを名乗るスライムらしき粘液は、ぬちゃぬちゃと音を立てながら蠢くと、ものの数秒で人間の幼女に姿を変えた。
「……誰だ?」
「私よ!」
「俺の知り合いに幼女はいない」
目の前の幼女は俺のことを上目遣いで見ていた。
「あ、こっちだったっけ?」
レナを名乗る幼女は、俺が知っている黒髪ロングの美少女エルフに一瞬で姿を変えた。
「その姿……本当にレナなのか?」
「そうね今の私は”レナ”よ」
レナは意味ありげに答えた。
「……すまないが全く状況が飲み込めない」
レナはスライム?
人間や黒猫に姿を変えられるモンスター?
「まあ、そうよね。でも詳しく説明している暇はないの」
「何か事情があるのか?」
「まあね……」
レナは悲しげな表情を浮かべて俯いていた。
「そうか……なら、一つだけ聞いてもいいか?」
俺の頭の中は様々な情報が混濁し合って全くまとまっていなかったが、一つの大きな可能性が浮かび上がってきた。
「……なによ?」
「レナは——セレナ・イリスか?」
俺はレナの目を見据えながら確認した。
「どうしてそう思うの?」
「騎士の男から聞いたんだ。『アレはモンスターだ。人間じゃない』って。それに、セレナ・イリスは幾つもの姿を持っているらしい」
誰もセレナ・イリスに関する詳しい情報を知らなかったのは、複数の姿を持っているから——だとしたら合点がいく。
「私がセレナ・イリスだったらどうするの?」
レナは否定も肯定もしなかった。
「どうもしない。本人なら会えて嬉しい。それだけだ」
困っているのなら助けになる。俺は味方だということを暗に伝えた。
「そう……」
「……ああ」
真っ暗闇の裏路地で向かい合って佇む二人の間に、えもいわれぬ沈黙が訪れた。
「……私は——」
「——貴様ら。そこでなにをしている?」
レナが真一文字に結ばれた口をゆっくりと開いたその時だった。
俺の背後からは今最も会いたくない人物が現れた。
「……ギルバード」
凝固した血液が付着する細剣を構えていたのは、『ドラグニル』の騎士団長——ギルバードだった。
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