第34話 『ドラグニル』の最高戦力
「……まだ戦うか? 正直、俺とお前たちでは勝負にならないぞ?」
俺はサランを圧迫する力を強め、抵抗する力を完全に失わせる。
「どうして我々が『ドラグニル』と呼ばれているか、貴様は知っているか?」
「……」
ギルバードは星空を眺めながら腰にぶら下げた麻袋に手を入れた。
「そうか。では、これが何か分かるか?」
「ギ、ギルバード騎士団長!? まさか……」
サランはギルバードが懐から取り出した赤い角笛を見て冷や汗を流していた。
「……なんだそれは?」
俺には警戒に値するようなものには見えなかった。
魔道具のような魔力も感じず、武器や防具にも見えない。本当に何の変哲もない赤い角笛だった。
「今にわかる————」
ギルバードは角笛に口をつけると、遥か遠くの空まで響かせるように、歌うような抑揚を帯びた重低音を鳴らした。
「ヒャヒャヒャヒャッ! これから蹂躙が始まるぜ!」
それは突然現れた。
頭上で巨大な翼を羽ばたかせているのは真っ赤なドラゴンだった。
全長は測りきれないが、相当な大きさだということがわかる。
「あれは……ルージュドラゴンか……?」
俺はケタケタと大口を開いて高笑いしているサランの首を絞めて、一瞬で意識を奪い、ギルバードの足元に放り投げた。
「——ルージュドラゴンはAランクパーティーを一体で壊滅させられるほどのモンスター。いくら貴様が強いとは言え、たった一人では数秒で消し炭にされるだろう。貴様に勝ち目はない」
ギルバードは足元に転がるサランの姿を何でもない様子で見据えながら、勝ちを確信したかのような口振りで言った。
「あれは、『ドラグニル』がテイムしたのか?」
空中で円を描くように飛び続けているルージュドラゴンの太い首には、テイムされたモンスターの印として、鉄の首輪が嵌められていた。
「そうだ。何百人もの犠牲を払って数年前に従えることに成功した『ドラグニル』の最高戦力だ。すぐに宿で待つ仲間の増援もあるだろう! 貴様は精々無駄な足掻きをしてこの街もろとも滅ん——ッッ!」
「——静かにしてくれ。流石にこの状況は不味いかもな。街に被害を出すわけにもいかないしな……どうするか」
俺はペラペラと口を動かし続けるギルバードの背後に高速で回り、うなじに手刀を落として闇へ
セレナ・イリスを捕縛するためだけにここまでやるとは、何か俺が知らない秘密がありそうだな。
「——グルゥゥァァァァァッ!」
ルージュドラゴンは俺の頭上、というよりも遥か上空を飛び回り、腹の奥底に響くような咆哮を上げた。
それはまるで、俺に向かって宣戦布告をしているようだった。
ルージュドラゴンの巨大な咆哮にシャルムの街の人々も気が付いたのか、夜中だというのに街は一気に明るくなり、日中かと思うほど騒がしくなっていた。
「街の外へ撃ち落とすにはどうしたらいいか……。増援が来る前に片付けないとな」
地上と空中、人間とモンスター。
全てを相手取るのは難しいので、まずはルージュドラゴンを片付けなければならない。
「っし。街の外へ誘き出すか——」
俺はいつもよりも倍近く重心を低くして、石造りの地面を抉るほど足を踏み込んだ。
「——縮地!」
家の外へ出て空にいる化け物を眺める街の人々の姿を下に見ながら、俺は空を駆けた。
ビッグアリゲーターの討伐をした際、水の上を走ることができたので、空も駆けるのことができるのではないかという謎の理論を実践してみたが、無事に成功した。
「グルゥゥァァ……?」
ルージュドラゴンは常識外れのスピードで空を蹴りながら進む俺の姿を薄らとしか捉えることができていないのか、常人なら見られただけで気絶してしまいそうなくらい鋭い
「——こっちだ!」
俺はルージュドラゴンの眼前でスピードを緩めて、あえて姿を見せた。
そして、街の外へ誘導するようにルージュドラゴンに声を掛けた。
「グルゥゥァァァッッ!」
ルージュドラゴンはギルバードという指示者がいなくなったからか、動きに制限がなくなっており、俺のことを喰らってやろうと怒りの咆哮をあげると同時に、炎のブレスを吐いてきた。
勢いのある炎のブレスは俺の全身を包み込むほどの規模にまで膨れ上がり、一度でも喰らってしまうと再起不能になってしまうだろう。
「——っ!?」
俺がギリギリのところで炎のブレスを躱そうとしたその時だった。
「土ノ
土の上級魔法を唱える女性の声が響くとともに、俺とルージュドラゴンの間に土の柱のようなものが現れた。
「あの人って……確か昨日の……」
俺のことを炎のブレスから守るようにして地上から放たれた土の上級魔法の正体は、女の子がパンを落として助けると同時に同意書を渡すという手法で、多くの観光客に接近していた女の子の母親らしき焦げ茶色の髪色をした女性だった。
「隣にいるのって……スキンヘッドの店主か?」
焦げ茶色の髪色をした女性の隣にいたのは、パンを落とす役をしていた女の子を抱えているスキンヘッドの店主と、女性店員——娘さんだった。
「……まさかあそこが家族だったなんてな……」
俺は地上にいる彼らに手を振り、御礼の意を伝えた。
どうりで娘さんの顔に少し見覚えがあったわけだ。
「グルゥゥァァッ!」
俺が感慨に耽っている間に、ルージュドラゴンは土の壁を強引に突き破ってきており、すぐ俺の眼前で空気を震わすような咆哮をあげた。
「おっと、余裕こいてる場合じゃないな——ついてこい!」
言葉が通じているのかは分からないが、俺はルージュドラゴンを手と声を使って誘導し、街の外にある広大な草原へ向かった。
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