第31話 怪我をした黒猫

「いくら『ドラグニル』であろうと、一般人に権力を振りかざすのは容認できない」


「あぁ? てめぇ、何様のつもりだ?」


 騎士の男は椅子から立ち上がり、焦点の定まらない目付きでこちらに睨んできた。


「やり方が間違えていると言ったんだ。本来、騎士団というものは民を守るべき立場だろう?」


「……なんも分かってねぇな。それは建前だろ? 俺たちはセレナ・イリスさえ捕縛することができれば、何しても許されるんだよ!」


 めちゃくちゃな理論だが、騎士の男は引っ掛かることを言った。


「どうして捕縛するんだ?」


「教えねぇよッ!」


 騎士の男はゆらゆらとした動きで抜剣し、剣を振り下ろした。


「……抜剣したということは、そういう意味合いでとってもいいんだな?」


 俺は騎士の男の遅い剣筋を最小限の動きで回避し、千鳥足でふらつく騎士の男の姿を見据えた。


「『ドラグニル』の騎士の力を体感し——ッかはっ……」


「すまないな。あまり店側に迷惑は掛けられないんだ」


 俺はプレートアーマーの脆い関節部分に刀の柄で打撃を加えることで、両膝と両肘の完全な脱力を狙った。


「貴様ッ! こんなことをして許されると思っているのか!」


 騎士の男は剣を手から滑らせ、膝から床に倒れ伏すと、唾を撒き散らしながら虚勢を張った。


「……そんなことより騎士団の狙いを教えてほしい。セレナ・イリスをどうする気だ?」


「……」


「ダンマリか? これはただの疑問だ。なぜ、セレナ・イリスのような一般人を狙っているんだ?」


 セレナ・イリスは優秀な魔道具職人マジッククリエイターとはいえ、ただの一般人だ。

 騎士団が危害を加えて良い理由にはならない。


「アレが一般人だと!? アレは人間ですらねぇ、モンスターだ!」


 騎士の男がフラフラと立ち上がりながら言った。


「……? 待て、どういうことだ?」


 人間ですらなく、モンスター?


「お前らみたいな本当の一般人は何も知らねぇんだ。アレの正体は——」


「——サラン。ここで何をしている。門限は既に過ぎているぞ……」


「ギ、ギルバード騎士団長……ッ!」


 これ以上は言わせまいと、騎士の男の言葉を遮るように現れたのは、普通の『ドラグニル』の騎士とは異彩を放つ、金色の鎧を見に纏う初老の男性だった。


 左手に持つ細剣からは、何者かの血が滴っており、何事にも動じることのないその佇まいは、歴戦の騎士のような雰囲気が漂っていた。


 この人が『ドラグニル』の騎士団長か……。


「うちの団員が迷惑を掛けた。サラン————だ。明朝、行動を開始する。俺についてこい」


「っ!? は、はい!」


 騎士団長はサランと呼ばれた騎士の男の耳元で何かを囁くと、すぐさま店を後にした。

 それにしても、明朝か……。


「店員さん。怪我はないですか?」


「……はっ、はい!」


 女性店員はお盆を持つ手を震わせながら答えた。


「おい、兄ちゃんは平気なのか?」


「はい。酔っ払いの対応は慣れているので」


 スズやサラリーに加えてロイまでもが酒豪だったため、いつも素面の俺が対応していた。


「ならいいんだが……。兄ちゃんはあいつらについてよく分かった上で喧嘩を売ったのか?」


 スキンヘッドの店主は険しい顔付きで聞いてきた。


「いえ。ですが、ただの騎士団ではないことは先ほどの態度で明らかになりました。目的はなんですか?」


「そうだな。王宮直属の騎士団『ドラグニル』は、一年くらい前からシャルムを訪れるようになったんだ」

  

「ただの巡回……ではないですよね?」


「ああ。やつらはセレナさんを捕縛して、王都で利用するつもりのようだ。モンスター云々についてはよくわからないが、年に数回、血眼になって探しにきているのは確かだ」


 つまり『ドラグニル』は巡回という名目でセレナ・イリスの捕縛を企んでいるということか。

 それも一年前から何度か訪れてまで。


「シャルムにも危害を加え続けているということですか?」


「そうだな。人攫いと魔道具の強奪が中心だな。お国に仕える騎士様だからって理由でなにをしても黙殺されるんだ。ひでぇ話だぜ」


 フローノアでは全く噂になっていないので、おそらく、王宮直属という肩書から情報が隠蔽されていたのだろう。


「さっきの騎士団長については、ご存知でしたか?」


「初めて見たな。前回は騎士団長なんていなかったからな。今回はやつらも本気なのかもしれない……」


「……情報提供をして頂きありがとうございます。代金はこちらでよろしかったですか?」


「金はいらねぇ。大事な娘が連れていかれるところだったしな」


 俺は慰謝料としてカウンターの上に、やや多めの銀貨を置こうとしたが、スキンヘッドの店主に止められてしまった。


 この女性店員って娘さんだったのか。それにしても、どこかで見たことのある顔だな。


「いいんですか?」


「当たり前だ。それと、やつらは王宮直属とは言っているが、なにをしでかすか分からねぇ。兄ちゃん……くれぐれも気を付けろよ?」


「はい。では、またどこかで。店員さんもさようなら」


「あ、ありがとうございました!」


 俺はスキンヘッドの店主と、顔を赤らめておどおどしている女性店員に見送られて、宿への帰路についたのだった。








 俺は心地良い夜風に吹かれながら、のんびりと宿に帰り、部屋の前に来たのだが、中からは、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。

 それに、本当に微弱だがモンスターの気配もある。


「——なんだ、その黒猫は?」


 ゆっくりとドアを開け、部屋をグルリと見渡すと、ベッドの側に設置されたテーブルの上に黒猫が横たえているのを発見した。


「タケルさん! この猫ちゃん、怪我をしてるの!」


「宿の前で倒れてたんです。息はしていますが、少し辛そうです」


 二人は黒猫の傷口を見ながら、焦りの声を上げていた。


「これは、斬り傷か……?」


 痛みで顔を歪めている黒猫の前足には、何か鋭利なもので肉を裂かれたような痕があった。


「……治るかな? 目を覚まさないけど……」


 アンが心配そうな表情で黒猫の頭を撫でていた。


「幸い傷は深くはないから安心しろ。明日になったら俺の知り合いの魔道具職人マジッククリエイターのところへ連れて行こう」


 レナは回復の魔道具を持っていたはずなので、そこに行けばすぐに怪我を治せるかもしれない。


「よ、良かったです! それにしても、斬り傷ですか?」


「私たちが抱っこした時も怖がってたし、誰かにやられたのかな?」


「……わからない。ただ、無視はできないな。二人はもう寝てくれ。今夜は俺が看病する」


 俺はバックパックから応急処置用の清潔な布を取り出し、黒猫の後ろ足を止血をしながら言った。


「え、でも、タケルさんだけに任せるのは——」


「——いや、いいんだ。俺にやらせてくれ」


 俺はこの黒猫について、少し気になったことがあった。


「疲れたらすぐに変わるので、僕たちのことを起こしてくださいね?」


「ああ。おやすみ」


「おやすみなさい……」


 二人は先ほどから目がしょぼしょぼとしていたので、相当疲れていたのだろう。

 一人用のベッドで身を寄せ合いながら、すぐに眠りについた。


 この様子だと明日の昼頃まで寝ててもおかしくはないな。

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