第30話 頭を冷やせ

「すまない。もうそろそろ宿に帰らなければならないから、この辺りで失礼する」


 魔道具の話に夢中になっていたせいか、夜の帳はすっかり下りていた。


「あら? もうそんな時間になったの」


「あっという間だったな……」


 レナの知識が豊富だったので、俺はつい魔道具に熱中してしまった。


「最後に聞きたいこととかある?」


「そうだな、魔力暴走ってなんだ?」


 俺は街で話しかけたエルフの男性の説明だけでは、魔力暴走の理解が全くできていなかったので、ずっとモヤモヤしていたのだ。


「魔力暴走は魔道具を作る時に魔力を込めすぎちゃうことね」


「それで爆発が起きるのか……」


 魔力というのは恐ろしいものだな。


「そうね。魔力暴走は駆け出しの魔道具職人マジッククリエイターがよくやる失敗ね」


 レナはどこか懐かしむような言い方をした。


「レナは結構なベテランなのか?」


「うーん。まあそうね」


 ここには百を超えるであろう魔道具があるので、レナは結構凄い人なのかもしれない。


「普段もここで製作しているのか?」


「違うわよ。詳しくは教えられないけどね」


 レナは幾多の魔道具を乱雑に並べながら答えた。


「そんなに雑に扱ってもいいのか?」


「うん。どうせ片付けるしね! というか帰らないの?」


「では、またな。今度は仲間を連れてくるよ」


 アンとシフォン、特にシフォンはこういうところが好きそうだしな。


「……ばいばい」


 俺は木のドアに手を掛け、レナに別れを告げた。


 宿は帰る道中、武装した『ドラグニル』の騎士たちが、まるで何かを探しているような鋭い眼光で歩き回っている姿が散見された。


 やはり、ただの巡回にしてはおかしいな。

 何かが起きることを見越して警戒しておくべきだろう。






「ただいま——ん? どうした? 何かあったのか?」


 俺が古びた部屋のドアをゆっくりと開けると、二人は意気消沈とでもいうようにベッドで仰向けになっていた。


「この街は変な人が多すぎます! 見てください! これ!」


「タケルさん! この街やばいよ!」


 シフォンの手には例の同意書が何十枚もあり、アンはそれを見て嘆いていた。


「……俺もこんな街だとは思わなかった。魔法の勉強をしすぎて、頭がおかしくなっているのかもしれないな……」


 俺はこの街の異常さを、レナとの時間ですっかり忘れていた。


「タケルさんはどこに行ってたの?」


「俺は魔道具職人マジッククリエイターの人と会っていた。二人は何をしていたんだ?」


「僕たちは適当にブラブラしてたら変な人に次々と絡まれたので、最後の方はずっとベンチに座ってました!」


「あ、でも、セレナ・イリスさんについての情報は少しだけわかったよ!」


 二人は依然としてベッドで仰向けになりながら答えた。


「ほんとか!? どんな情報だ?」


「何人かに街で声を掛けてみたけど、髭の生えたドワーフの男性だったり、五歳くらいのエルフの女の子だったり……」


「見たことあるって人は多かったのに、種族も性別も年齢も名前も、全部がバラバラでしたよね?」


 二人は顔を見合わせながら、セレナ・イリスの情報について口にした。


「……名前が違うのにどうして本人だとわかるんだ?」


「街の魔道具職人マジッククリエイターの人たちのお手伝いをしているらしいです。それも、凄い技術なのに無償で行うみたいですね!」


 もしかすると、かなりのお人好し、というよりも優しい人なのかもしれないな。


「だからシャルムの街の人たちも詳しいことは知らないみたい! 助けてもらってるからどうでもいいって言ってたしね!」


 相当な技術なのに無償で提供するということ以外の全てが謎だな。


「そうか。明日はどっか行く予定はあるか?」


「外に出ると爆発と勧誘で観光どころではないので、宿にいたいですね……」


「うんうん」


 アンはシフォンの言葉に賛同するように、力強く頷いていた。


「わかった。俺は明日も出かけるからよろしくな」


 二人に何の予定もないならレナのところへ一緒に行こうと思ったが、そもそも外出を嫌っている様子なので、明日も一人で行くことにした。


「わかりました。タケルさんは夕食はもう済ませましたか?」


「いや、これからだ。二人はもう食べたのか?」


「はい。というか、僕たちは食べ歩きをしてたので、夕食は入らなさそうです」


 シフォンがほっそりとした自身の腹をぽんぽんと叩きながら言った。


「そうか……。なら、俺は一人で近くの酒場にでも行ってくる。二人は部屋でゆっくりしててくれ」


「いってらっしゃーい」


 俺は未だにベッドに顔を埋めるアンに見送られて、宿を後にした。







 俺が向かった先は、宿とは別の通りにある酒場だ。


「いらっしゃいませ。こちらのカウンター席へどうぞ」


 木造で味のある雰囲気に惹かれ店に入ったのだが、俺好みの薄暗い間接照明が特徴的なシックな空間だった。


 客は少なく、俺とエルフのカップルのみ。


「兄ちゃん、何にする?」


 俺はスキンヘッドの店主が眼前にいる席に通された。


「水とステーキ、それと、小さめのパンをお願いします」


「あいよ。見ない顔だが、どこから来たんだ?」


「フローノアです」


 スキンヘッドの店主は分厚いステーキを焼きながらも、楽しげに話を振ってくれる。


「遠いところから来たんだな。変な街だが楽しんでいってくれ。まあ、今はそうもいかないがな……」


「……どういうことですか?」


 店主が自身の街を自虐した言葉を吐くと同時に、木造のドアが勢いよく開かれ、悪酒のような鼻を刺激する不快な匂いが店内に漂った。


「……いらっしゃいませ。何名様ですか?」


「一人だ! 早く酒とつまみを出せ!」


 女性店員が恐る恐ると言った声色で聞くと、男は横柄な態度で酒を要求した。


 俺は背後に座った失礼な男の姿をチラリと確認すると、そこにいたのは予想だにしない人物だった。


「どうしてこんなところに……?」


 そこにいたのは、王宮直属の証である鎧を見に纏う『ドラグニル』の騎士の男だった。


「……あんた、早くこの店から出て行ったほうがいい。痛い目に遭うぞ」


 スキンヘッドの店主がおもむろに口を開いた。


「それは、どういうことだ?」


「なんでもだ。早く出て行け。こいつ——」


「——おい! 酒はまだかぁ!? そこのエルフ! じろじろと見てんじゃねぇよ!」


 見たところ、相当酔っているな。

 ここに来る前に別の店で飲んできたのだろう。


「ったくよ! セレナ・イリスはどこにいるんだよ……」


 騎士の男はテーブルに拳を叩きつけながら、怒りを含んだ口調で言った。


「……チッ。おらぁ! 酒はまだかぁ?」


「お、お待たせしました……。こ、こちらが醸造酒と付け合わせのナッツになります……」


「……んぐっ。なあ、俺は王宮直属の優秀な騎士だ。わかっているのか?」


 騎士の男は静かな店内に、自身の喉に波を打たせる音を響かせた。


「は、はい……」


 なぜ女性店員は怒られているのだろうか。

 特に悪いことはしていないはずだが。


「なら、俺の女になれや……。どうだ?」


 相当な悪酔をしているようで、ただの女性店員に権力を振りかざした口説き文句を吐いた。


「……」


「俺がギルバード騎士団長に言えば、お前の首、いや、お前の身内の首はすぐに飛ぶんだぞ? それでも良いのか?」


「……ッ!」


 騎士の男の最低かつ下劣な言葉に対して、女性店員は沈黙を貫いたが、ジリっと小さく後退したのか、靴が床を擦り減らす音が聞こえた。

 流石に、これ以上は見過ごせないな。


「わかったらとっとと俺の女になりやがれ! お前なんて——」


「——『ドラグニル』の矮小な騎士。頭を冷やせ」


 俺は水の入っているコップを、騎士の男の頭の上で逆さにした。


「お、おい! 兄ちゃん!」


 スキンヘッドの店主は厳つい見た目からは想像もできないほど、弱々しく俺を気遣った。


「店主。すまないな。店を汚してしまった」


「そ、それは別にいいんだが……」


「おい……。てめぇ、誰に喧嘩売ったのか分かってんのか?」


 騎士の男は怒りで体をぶるぶると震わせながら、語気を荒げた。


 悪酔した人間に普通の言葉が通じるとは思えない。

 こうでもしないと怒りの矛先はこちらに向けられないだろう。

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