第29話 ここはイカレタ街シャルム

 俺は街の外観を楽しみながら、のんびりと街道を歩いていた。

 至る所に魔道具が売っており、街行く人々の殆どが杖を持ち、ローブを羽織っており、魔法使いだということが一目でわかる外見だった。


「——お兄さん。そこのロン毛のお兄さん! 私に付き合ってくれませんか?」


 俺が首をしきりに振りながら、街を散策していると、背後から透き通るような美声で呼び止められたので、返事をしつつもゆっくりと振り向いた。


「はいっ!?」


 そこにいたのは、艶のある金髪にスタイルが抜群の扇情的な格好をした女性だった。


「私に付き合ってほしくて……。時間はありますか? 無料なのでどうですか?」


 甘えるような声で上目遣いをしてきた。


「む、無料……?」


 こんな美女と『無料』で一体何を……!


「はい! 無料です! 代わりにこれに署名してください!」


 金髪の女性が渡してきたのは、一枚の紙だった。


「ん? 火の上級魔法の実験台に関する同意書……って、なんだこれ!?」


 署名する欄に隠れて、目を凝らしてようやく見えるくらいの文字の大きさで不吉なことが書いていた。


「……はぁ。じゃあね、ロン毛の人。せっかくいい実験台が手に入ると思ったのになぁ。あっ、お兄さん! ちょっといい——」


「あっ! はい! なんですか!?」


 金髪の女性は大きなため息を吐くと、俺以外の観光客らしき男の方に向かっていった。


「……なんだあの人」


 ま、まあ、たまたま今の人がおかしかっただけだろう。

 

「——きゃっ! ママぁ! 私のパンが地面に落ちちゃったよぉ……!」


 今度はなんだ。


「まあまあ。どなたか手を貸してくだされば新しいパンを買ってあげるのに……」


 俺の目の前で女の子が転び、パンを落としたかと思ったら、母親らしき焦げ茶色の髪色をした女性がわざとらしく俺のことを見てきた。


「うわぁぁぁん」


 何もしない俺をみかねて、女の子は号泣する始末。


「大丈夫かい? 何をしたら泣き止んでくれるかな?」


 放って置けない俺は女の子に近寄り、どうにか泣き止まそうと試みる。


「……ひっく、うん。じゃあ、これに名前を書いて……。そしたら元気になるから!」


 女の子は俺に一枚の紙を渡すと、すぐに泣き止んだ。


「わかったよ……。土の上級魔法の実験台に関する同意書……おい」


 俺は先程のこともあるため、念のため紙に書いてあることを確認してみたが、これまた不吉なことが書いてあった。

 

「……チッ。さっ、行くわよ。次のターゲットはあの人よ。いいわね?」


「……。きゃっ! ママぁ! 私のパンが地面に落ちちゃったよぉ……!」


「まあまあ——」


 母親らしき焦げ茶色の髪色をした女性が一つ舌打ちを挟むと、女の子は何でもないように立ち上がり、先ほどと全く同じ行動とセリフを繰り返していた。


「……なんだこれ」


 まだ街に出てから三十分くらいで、こんなことが立て続けに起きてたまるか。


 俺は次は何が起きても絶対に無視すると心に決めて、止まっていた足を動かした。


 よくよく周囲を観察してみると、先程のような同意書を手にした人や、来た時のような謎の爆発が街中で起こっていた。


 まじでなんだよ、この街……。







「オラァ! こっち来いや!」


「なにするのよ! 痛いじゃない!」


 周囲を警戒しながら歩いていると、薄暗い裏路地から男女が揉める声が聞こえてきた。


「早くしろよ! 気持ちいいことしてやるからよ!」


「やめなさいよ! この——」


「——静かにしろや! 殺されたいのか?」


 俺に気付いたエルフの女性は手を伸ばして、助けを求めようとしたが、巨漢の男に口を塞がれてしまっていた。


 先程のような事もあるし、どうせ演技だろう。


「……ッ! んーッ! た、助け——」


「黙れ! 本気で殺すぞ?」


 尚もエルフの女性は必死に暴れ回り、俺の目を見て助けを求めてきた。

 

「離せ。嫌がってるだろ? 無理やりは良くない」


 演技だろうと何だろうと勝手に体が動いてしまった。


「あぁん? 誰だお前?」


「これは演技にしてもやりすぎだ」


 エルフの女性は鋭い目つきで巨漢の男を睨んでいた。


「演技だぁ? 何腑抜けたこと言ってんだよ」


「いや、どうせこれが終わったら同意書でも渡してくるんだろ? それなら——なんだ、いきなり殴りかかってくるなよ」


 巨漢の男はエルフの女性を自身の背後に吹き飛ばすと、額に血管を浮かべながら殴りかかってきたので、俺は余裕を持って回避する。


「あぁ? 俺の女を横取りしようとするからだろ?」


 これは演技じゃないのか?

 エルフの女性は実際に襲われていたということなのか?

 それなら話が早い。


「よし。縮地!」


「なにを——ッッうッ」


「すまない。少し強かったかもしれない」


 俺は瞬時に巨漢の男の懐に入り込み、鳩尾の中心を目掛けて、拳を叩き込んだ。


「もうこんな裏路地に入らないでくださいね。危険ですから」


 俺は巨漢の男が地面に倒れ伏したのを確認し、エルフの女性に注意喚起をした。


「ふんっ! あんたに助けてもらわなくても平気だったわよ!」


 しかし、エルフの女性は余裕そうな口振りだった。


「……そうですか。では」


「待ちなさいよ、あんた観光客でしょ? 案内してあげるわ」


 俺にビシッと指を差してきたが、案内なんて必要ない。


「いえ、結構です。では」


「もう、何しに急いでるのよ!」


 ムキーっとしながらグルグルと唸っている。


「俺は安価な魔道具を探しているんです。では」


「……じゃあ、なおさら私が案内するわよ。こう見えても魔道具には詳しいんだから!」


 俺は無理やり手を引かれ、表の道に連れて行かれた。


「……」


「な、なによ!」


 アンよりもやや大きいくらいの身長に、黒髪のロング。そして、口調の荒いエルフの女性か。

 あの二人といるよりも大変そうな予感がする。


「……わかりました。ではお願いしてもいいですか?」


 魔道具やこの街の地理には全く知らないので、仕方なく承諾することにした。


「ふんっ。最初からそう言っとけばいいのよ。私は……そうね、レナって呼んで。あんたは?」


「俺はタケルです。レナさん」


「敬語とか嫌いなの。もっと気安く接してちょうだい!」


 わがままだな。


「……よろしく、レナ」


「それでいいのよ! 早速行きましょ! いい魔道具を紹介するわ!」


 サラサラとした黒髪を揺らしながら、俺の前を颯爽と走って行った。

 案内するんじゃないのかよ……。


「早く来なさいよ!」


「はいはい……」


 





「——こっちが白魔法、まあ初級の回復魔法を三回ぐらいは撃てる魔道具ね!」


 俺がレナに連れられて、街の中心からはやや外れている木の家に来ていた。


「レナは魔道具職人マジッククリエイターなのか?」


 中には大量の魔道具があり、一つ一つ丁寧に説明をしてくれたので、全て自作なのかもしれない。


「そうよ!」


 腰に手を当てて、自慢げに言った。


「なら、さっきの男なんて魔法で倒せただろう?」


 魔道具職人マジッククリエイターなら魔法を使えるはずなので倒せるはずだ。


「あんたが助けてくれそうだったし、丁度良いじゃない? というか、私って攻撃魔法は使えないしね!」


 あの暴れ回る姿も助けを求める声も、全て迫真の演技だったのか……。


「……そうか。実は人探しをしてるんだが」


「うん。誰?」


「セレナ・イリスという魔道具職人マジッククリエイターなんだが、何か情報を知らないか?」


「……うーん。知らないわね。だって、その人のことは誰も何も知らないからね!」


 レナはなぜか自信ありげに胸を張って答えた。


「そうか……。どうしても会ってみたかったのだが、無理そうだな」


「どうして? 何か頼みたいことでもあるの?」


 レナは俺の目をじっと見ながら聞いてきた。


「深い理由はないんだ。ただ、凄い人だなって思ってな」


「ふーん。変わってるのね?」


 これは至って普通の理由だと思うのだが。


「……? よく分からんが、何か情報があったら教えてくれ」


「気が向いたらね!」


「ああ。ところで、これはなんだ?」


 木の家の中には数多くの魔道具らしきものが置いてあり、どれがどれだか全く分からないが、凄いというのは伝わった。


「これは——」


 俺は外が暗くなるまで、魔道具について教えてもらったのだった。

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