第四章 魔法の街シャルム

第28話 魔法の街シャルム

「まだかなー」


「夜営の時よりもやることがないですね」


 二人は退屈そうに足をブラブラさせながら言った。


「御者を務めてくれているルークに申し訳ない。あまり言ってやるな」


 せっかく馬車を出してくれたんだ。

 文句は言わないのが筋だろう。


「いえいえ。退屈なのは当然のことです。それに、師匠には今朝方まで稽古をつけてもらいましたしね!」


 他の街へ行くためか、領主の息子らしく派手な銀色の礼服に身を包んだルークは、何の苦もなさそうな口振りだった。


「悪いな」


「はい。あと少しで到着致しますので、それまでの辛抱です」


 早朝にフローノアを出発し、シャルムへ向けた馬車に揺られること約半日。

 現在は昼過ぎだろうか。

 半日以上は掛かる計算でいたが、ルークが休みなしで馬車を走らせてくれたので、予定よりも早く着きそうだ。







「——師匠! 見えてきましたよ!」

 

 あれから一時間ほど経過したところで、ルークが前方を指差した。


「うわぁ! すごい壁だね!」


「はい! 魔法の街というだけのことはありますね!」


 二人が驚くのも当然のことで、シャルムは街をグルリと囲うような外壁が天まで聳え立っており、フローノアとは比べ物にならないくらい強固な造りであることがわかる。

 

「凄いな……これは土魔法か?」


 俺は隣で騒いでいる二人を他所に、窓の外から外壁を眺めていた。


「そうですね。選りすぐりの魔法使いが結集して建造したものでしょう」


 俺がボソリとつぶやいた独り言に対して、御者席にいるルークが答えた。


「ねぇ、土魔法って何?」


 俺と同じく魔力が全くなく、魔法が一切使えないアンが疑問の声を漏らした。


「魔法は基本的に、火、水、土、雷、闇、白の六属性で構成されているものです! 優秀な人は二属性、王宮に仕えたり、Aランク以上の冒険者になるような人は三属性以上は使えると思います! つまり、この壁は土魔法で造られたものということです!」


 シフォンは魔法の話題になったせいか、普段よりもテンションが高めの声色で捲し立てた。


 サラリーやスズは俺が知っている限りでは、最低でも上級魔法を二属性は使えたはずなので、優秀な部類なのだろう。

 そう考えると、全属性の中級魔法を使えたロイは化け物なのかもしれないな。


「はぇー。楽しみだね!」


 それを聞いたアンは、何も理解できていないような返事をしたが、これまで剣一筋で生きてきたような気がするので仕方がないだろう。


「楽しみなのは結構だが、到着したらすぐに宿を取るからな? 迷子になるなよ?」


「「はーい!」」


 二人が伸びのある気の抜けた返事をしたその時だった。

 ルークは外壁の門からやや手前の位置で、突然馬車を止めた。


「ん? なんかあったか?」


「はい。どうにも門の周辺が詰まっているようですね。確認してくるので、少々お待ちください」


 門の辺りを見てみると、ルークの言う通り複数の馬車や騎兵が立ち往生しており、なにやら騒がしさを感じた。


「すまない。よろしく頼む」


 ルークは日の光に銀の礼服を反射させながら、駆け足で確認に向かった。


「んー。あのマーク、どこかで見たことあるよね?」


 アンは目を細めて、騎兵の集団をじっくりと観察していた。


「確か……あの鎧って、王宮直属の騎士団のものですよね?」


 仰々しい光沢感のある鎧の背中に印された『龍』のマーク。

 あれは王宮直属の騎士団『ドラグニル』に他ならない。


「あっー! それそれ! なんでこんなところにいるんだろうね?」


 すぐにルークが戻ってくるはずなので、答えはすぐにわかるだろう。


「——お待たせしました。どうやら様々な街を巡回しているだけのようです。何日かシャルムに滞在するみたいですが、あまり気にする必要はなさそうです」


 ただの巡回にしては物々しい雰囲気だが、直接聞いた結果なので信じるしかないだろう。


「そうか。ここまでありがとな」


「いえいえ! 迎えは必要ですか?」


「……いや、いい。二人とも、降りてくれ」


 少し迷ったが、いつ帰るかもわからないので断っておくことにする。


「そうですか。では、ゆっくりと旅行を楽しんでくださいね! 何かあったら手紙を出してください!」


 ルークは二頭の馬に鞭を打ち、軽やかに走り去っていった。


「バイバーイ!」


「ルークさん! ありがとうございました!」


 まずは宿をとって……それからだな。


 俺たちは晴れ渡る空の下で体を伸び伸びとした後に、シャルムに向かって歩を進め始めた。






「うわぁ! 凄いねー! フローノアとは全然違うよ!」


「ほんとですね! 綺麗な街並みですね!」


 シャルムはフローノアよりも遥か先の文明をいっているのか、一つ一つの建造物の規模や外観がまるで別物だった。


「エルフの人たちも多いね!」


「ですね! エルフは魔法が得意だからでしょうか?」


 本来、エルフは美しい自然とともに暮らす種族なので、フローノアはもちろんのこと、王都にもあまりいないはずだが、この街には麗しいエルフの姿が散見された。


「軽く観光しながらでも良いから、まずは——ッ!?」


 宿を探しに行こうとした刹那。

 街道の先にあるカラフルな家が突如爆発した。


「なになに!? モンスター!?」


 アンとシフォンは俺の手を強く握りながら焦った様子だが、街行く人々は至って冷静だった。


「す、すみません。あの爆発は……?」


 俺はすぐ近くを歩いていたエルフの男性に聞くことにした。


「ん? 何って魔力暴走だろ?」


「……?」


 エルフの男性は何言ってんだと言わんばかりの表情で答えると、そそくさと立ち去ってしまった。


 よく分からないが、街の人が焦ってないなら平気なのだろう……。


「……宿を探すか。それよりも手を離せ。汗ばんでて変な感じがする……」


 二人はこれでもかというくらいの強い力で手を握っていたので、俺の手のひらには言葉では表せないような不快感があった。


「女の子にそんなこと言わないでよ! 汗なんか出ないから!」


「そうです! 僕たちは清潔ですよ!」


 頬を膨らませて抗議の意を伝えてきたが、全然怖くない。


「……あの宿でいいか。行くぞ」


 俺は無理やり手を離し、すぐ近くにあった宿へ向かった。


「あ……。待ってよー!」


「置いてかないでください!」





「ふかふかですね……」


 目の前には、たった一つしかないベッドの上で木本よさそうな表情で横になるシフォンの姿。


「この椅子も柔らかいよ!」


 窓際の椅子にゆらゆらと揺られているのは、花が咲いたような笑みを浮かべるアンの姿。


「なあ。なんで同じ部屋にしたんだ?」


 俺は別々の部屋にしたはずなのだが、トイレに行っている間にこんなことになっていた。

 宿の部屋にも限りがあるのか、変更は受け入れられずに、流されるがままに部屋へ通されてしまった。


「まあまあいいじゃん!」


「そうですよ! パーティーですし!」


「いや、それ以前に……いや、なんでもない」


 低い知性をフル活用して反論を試みようとしたが、無駄な口論はしたくないので俺が折れることにした。

 最悪床で眠ればいいしな。


「じゃあ、これからどうするの? 買い物でも行く?」


「そうだな。俺は魔道具でも見に行くが、二人はどうする?」


「私たちは二人で観光しててもいい?」


「ああ。暗くなる前に帰ってくるんだぞ?」


 これから二時間くらいで暗くなるはずなので、それまでは自由時間だ。


「わかった! シフォン、いこ!」


「はい!」


 二人は手を繋いで、木目の床をギシギシと鳴らしながら走って行った。

 





 

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