第27話 慰安旅行

「ルーク。呼び出して早々で悪いが、魔法の街シャルムについて聞きたくてな」


「いえいえ。具体的にお願いできますか?」


 俺はギルド内のベンチで、ルークと二人で腰を掛けていた。


「フローノアからシャルムまではどのくらいで行けるかわかるか?」


「おそらく、馬車でも半日以上は掛かりますね……。それにしてもシャルムですか……」


 ルークは眉を顰め、何か問題があるような言い方をした。


「そうか。その様子だと何か不安な点でもあるのか?」


「はい。シャルムはおかしな人が多いという噂があるので、あまりお勧めはしません……」


 おかしな人が多い? 魔法使いは頭の回転が速いような秀才が多いイメージだが……。


「まあ、その辺りは問題ないだろう」


 体を休めつつも観光し、あわよくばセレナ・イリスに会えたらいいなくらいなので、特に心配はいらないだろう。


「シャルムに何をしに行くんですか?」


「慰安旅行だな。Dランク試験で二人には無理をさせてしまったからな」


 シャルムに行くことは、昨日の夜に三人で話し合って決めたので、後は方法と日時の確認だけだ。


「そうなんですか。宜しければ、私が御者を務める馬車で良ければ出しましょうか?」


 ルークは破格の提案をしてきた。

 俺はこれから安い馬車を探そうとしていたのでありがたいが、こちらからはなにも還元できていないこともあって、どこか申し訳なくなるな。


「いいのか?」


「はい。その代わりと言ってはなんですが、出発の日まで稽古をつけてくれませんか?」


 馬車を出す条件すら破格だった。


「もちろんだ!」


 俺は考える余地もなく了承の一言を告げた。


「出発はいつになりますか?」


「そうだな……。三日後でどうだろうか?」


 三日にした理由は特にない。


「そんなにいいんですか!? さ、さっそく今からとかは……?」


 ルークは申し訳なさそうに聞いてきたが、全く問題ない。

 むしろ俺がお世話になっているので、ルークのお願いを断る理由はないのだ。


「いいぞ。裏の空き地でいいか?」


「はい! お願いします!」


 ルークは腰に差した剣に手をかけながら、初対面の頃の態度が嘘のように深く頭を下げた。


 




「——はぁ、はぁ……っっ……。も、もう……動けません……」


「お疲れ。やっぱりその鎧だと良い動きができるな」


 稽古という名の模擬戦は、ルークの降参により小一時間ほどで終わりを告げた。


「ほ、ほんと……ですか?」


「ああ。ギルドに戻りながら話そうか」


 俺は足元が覚束ないルークを軽く支えながら、ゆっくりと歩いていく。


「す、すみません」


「いいんだ。というか馬車の件はありがたいが、領主様の許可は得られるのか?」

 

 あのいかつい領主様が、易々と許可を出してくれるとは思えなかった。


「はい。というよりも私の馬車なので大丈夫ですよ」


 当たり前とでもいうような表情だった。


「……そうなのか。ルークって何歳だ?」


「私はもう二十歳になってしまいました。最近は父上からお見合いの話ばかりされて大変ですよ」


 ルークはやれやれというような言い方をした。


「若いな。領主は立場的には貴族になるのか?」


「立場は違いますが、影響力は同程度と考えて良いでしょう」


 ルークって凄いやつなのかもしれない。

 権力に縋るわけではないが、これからも良い関係でいたいものだ。


「貴族みたいな立場だと大変だな。近いうちにお見合いはあるのか?」


「はい。父上の弟子にあたる方の御息女と数ヶ月後にお見合いがあります」


 ルークは考え込むような素振りをしながら答えた。


「もうすぐじゃないか。どんな相手かは分かっているのか?」


「相手の方の意向で、トラブルが起きないようにと当日まで何も分からない状態です」


 ルークは楽観的な笑みを浮かべてはいたが、どこか心配そうな様子も伺えた。  


「俺は用事があるからここで失礼するが、何かあったらいつでも相談してくれ」


 ギルドに着いたので、ルークとはここでお別れだ。


「はい! ありがとうございました! 明日から数日間の稽古もお願いします! では!」


 ルークは軽い会釈を済ませると、心配になるような足取りで、フラフラと歩いて行った。


 俺はそんなルークを見送った後に、サクラのもとへと向かった。


「サクラ。時間あるか?」


 姿勢正しく座りながらボーッとしていたサクラに話しかけた。


「うん? 大丈夫よ」


 昼過ぎのギルドは皆がクエストに出払っていて、受付嬢も退屈そうにしていたので少しだけ時間をもらっても平気だろう。








「——あっ、やっと二人に教えたんだね」


 俺はサクラに小遠征で起きた出来事について大まかに話していた。


「まあな」


「二人は今どこにいるの?」


「朝からDランク試験の報奨金を持って買い物に行ったみたいだ」


 二人はぐっすりと眠る俺に書き置きだけ残して、どこかへ行ってしまったのだ。


「ふーん。これからどうするの? 急いで上のランクを目指すの?」


「いや、実は魔法の街シャルムに行くんだ」


「え? いつ?」


 やや驚いた表情で聞いてきた。


「三日後だ。お土産は何が良い?」


「お土産は適当に——って、なんのために行くのよ?」


「慰安旅行だな。あわよくば安価な魔道具を手に入れて、とある魔道具職人マジッククリエイターに会ってみたいと思っている」


 魔道具は普通の街よりも大量に出回っているはずなので、物価も下がっているだろう。

 

「……魔道具職人マジッククリエイターに関しては詳しくは知らないけど、シャルムは変な噂も聞くから注意しなさいよ?」


「おかしな人が多いとかか?」


「まあ、概ねそうね」


 それはルークも言っていたが、流石に心配するほどではないはずだ。


「……そうなのか。頭の片隅に入れておく」


「はいはい。あっ、人が増えてきたから今日はこの辺りでごめんね」


 サクラが入り口の辺りを見ながら言った。

 確かに複数の足音や声が聞こえてくるので、クエスト終わりの冒険者が戻ってきたのだろう。


「ああ。時間取ってくれてありがとな。じゃ、またな」


 迷惑はかけられないので、俺はサラッと別れの挨拶を済ませてギルドを後にした。


 出発は三日後だし、適当な買出しを済ませたら、屋敷に帰って準備でもするか。

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