第25話 真実を告げる時

「お疲れ」


 俺はシフォンを抱えたまま石造りの壁に寄り掛かっているアンのところへ行き、その隣にシフォンをゆっくりと下ろした。


「……疲れたぁぁ!」


 アンは先の戦いによって、見るからに疲労困憊の状態になっていた。


「疲れました……。フラフラします」


 シフォンは完全に魔力が枯渇しているのか、顔は赤らんでおり焦点が定まっていなかった。


「モンスターの気配はないからしばらくここで休むか?」


「そうしてくれるとありがたいかな」


 アンはこう言っているが、シフォンは喋る気力もないようで、ボーッと虚空を見つめていた。


「なんであの作戦を思いついたんだ?」


 俺にはプラントワーム自身が持つ鋭利なツルを逆手に取るなんて作戦は思いつかなかった。


「必死だったからあんまり考えてないかな。シフォンの目を見て頷きはしたけど、多分お互い全然わかってなかったしね!」


 戦闘の緊迫感から解き放たれたからか、アンは朗らかに笑っていた。


「そうだったのか。シフォン、体調はどうだ?」


「……あ、脱力感が少しだけあります……」


 シフォンは俺が突然声をかけたことで肩をビクッと跳ねさせた。


「わかった。俺は内壁の回収をしてるから、なんかあったら声をかけてくれ」


 Dランク試験完了の証明として、このフロアの内壁を回収しなければならないのだ。


 俺は壁にもたれる二人から少し離れた位置で刀の柄を使って内壁を破壊し、懐に入れていた麻袋の中にパラパラと納めていく。


「……」


 その作業を無言でやっていて思ったのだが、これがダンジョンの内壁だという判断はどのようにするのだろうか。

 どう見ても亜麻色をした普通の石の壁にしか見えない。

 鑑定魔法を使えば可能だろうが、そんな希少な魔法を使える人材なんてフローノアにいないはずだしな。


「……よし」


 まあ、そんなことはギルドに任せるから関係ないか。


 適当なことを考えながらも適当な量の内壁の削りカスが取れたので、俺は麻袋を懐にしまってから二人のもとへ戻った。


「疲れたねー」


「はい。まだドキドキしてます」


「もう大丈夫そうか?」


 二人は俺が戻るころには談笑していたので、体力はある程度回復したように思える。


「私は大丈夫だよ!」


「僕も多分大丈夫です!」


 二人はゆっくりと立ち上がりながら元気な返事をした。

 

「じゃあ外に出よう。今の時間帯は分からないが、なるべく早く街に帰りたいからな」


 物資や精神面の問題もあるので、事が済んだら早々に街へ帰ったほうがいいだろう。


 俺たちはやや離れた位置に置いたままだった荷物を取ってから、果てしなく長い階段を上り、無事に外へ出たのだった。









 どうやら半日以上もダンジョンの中にいたようで、外は既に薄暗くなっていた。


「とっとと準備をしよう。やり方は覚えてるか?」


「……多分」


「……」


 アンは自信なさげに答え、シフォンはフッと目を逸らした。

 これはダメなパターンだな。


「完全に暗くなるまでに手際よく教えるから、しっかりと覚えてくれ。まずは——」


 俺は昨日教えたことをなぞるようにして二人に教えていった。


「……飯にするか? 今日は疲れてるだろうし、また今度教えることにする」


 しかし二人の反応はあまり芳しくなかったので、今日のところは諦めることにした。


「やったー! まずは乾いた木を重ねていって、火打石と短剣を擦り合わせて——火がついた!」


「そして、余ったオーク肉とパンを火の上で炙っていきます! パンの上にオーク肉を盛り付けて完成です!」


 おいおい。テント張りとか見張りのことは全く覚えなかったくせに、なんで食事の準備だけ完璧に覚えてるんだよ。

 

「……はぁ……」


 俺は無意識に大きなため息をついてしまった。


 しかし、二人はそんな中でも幸せな表情を浮かべながら、パンとオーク肉を口いっぱいに頬張っていた。


「タケルさん? どうしたんですか?」


「なんでもない……」


 なんでもない、なんでもない、と自分に言い聞かせながら、俺はパンとオーク肉を口に運んだ。


 うん。美味い。


 はぁ……。前途多難だ。





 食事が終わったことで二人がテラテラを食べ始めるかと思ったが、どうやら昨日のあの時間だけで全てのテラテラを食べ切ってしまったようで、二人は手持ち無沙汰な様子だった。


「まだ寝る時間でもなさそうだし、やることもないね」


 アンは退屈そうに言った。


「我慢するしかない。夜営は暇だからこそ安全なんだ」


 暇ということは問題がないということだ。

 そこをプラスに考えることができれば、何とか乗り切れる……はずだ。


 なんだかんだ言って暇なのが一番辛いのだが。


「あっ!」


「シフォン? どうしたの?」


 突然シフォンは思い出したような調子で声を上げた。


「……タケルさんの昔の話を聞かせてほしいです。どうですか?」


 シフォンはおずおずと言った感じで聞いてきた。


「私も聞きたい!」


 アンも気になっている様子だ。


「……わかった」

 

 俺はドクドクと脈打つ自分心臓の鼓動を感じながら覚悟を決めた。


「……あれは、俺がまだ十六の時だ。俺は四人の仲間とあるパーティーを組んだんだ。パーティー名は——」


「——『漣』ですよね?」


「えっ!?」


 シフォンは俺の言葉に被せるようにして言ったことで、アンが驚きの声を上げた。


「……知っていたのか?」


「前々から何かあるとは思っていましたが、タケルさんに抱えられた時に確信しました」


 数秒間の沈黙が訪れた。


 俺は空気がシンと静まり返ったところで口を開いた。


「……そうだ。俺はシフォンの言う通り三年前まで『漣』にいた」


「……どうして抜けたんですか?」


 シフォンは微かに声を震わせながら聞いてきた。


「——俺は『漣』という環境に甘えていたんだ。自分の実力に向き合うこともせずに努力を怠った。それが原因だ……」


 四人の信頼関係があれば大丈夫だと、心のどこかで甘えていたのだろう。


「実力に向き合うって、タケルさんって十分すぎるくらい強いよね?」


 アンは至極当然というような言い方をした。


「本当の俺は弱い。今の俺の実力があるのは女々しい自分から逃げた結果でしかないんだ」


 もちろん努力が身を結んで強くはなったが、自分の根本的な弱さは変わらない。


「……タケルさんは、『漣』に戻る予定はありますか?」


 シフォンは俺の目をジッと見据えながら聞いてきた。


 俺はこれに関しては答えは決まっていた。


「ないな。もうあそこに俺の居場所はない」


 追放や解雇、裏切りなど言い方は様々だろう。

 だからと言って、俺とロイ達の間にできた溝はもう埋まることはないのだ。


「よ、よかったぁ……」


 アンは胸に手を当てながら安堵を含んだ声を漏らした。


「すまなかった。二人に見限られるのが怖くて、今の今までことばにする勇気がなかったんだ」


 俺は誠心誠意を伝えるために、二人に対して深く頭を下げた。


「……いいんです。僕たちはタケルさんにたくさん助けてもらいましたから!」


 シフォンが満面の笑みを浮かべて答えた。


「……タケルさんは、復讐とか考えてたりするの?」


 しかし、アンは笑顔のシフォンとは対照的に、俺の目をジッと見ながら悲しそうな声色で言葉を紡いだ。


「……俺から干渉することはないだろう」

 

「ほんと?」

 

「ああ」


「……そっか……。ふふっ」


 アンは軽く俯くと、小さく笑った。


「アン? おかしくなったんですか?」


「……っもう! 嬉しいからだよ! だってこれからも一緒に冒険できるってことでしょ?」


 アンはシフォンの言葉に勢いよく顔を上げると、嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませた。


「いいのか? 俺は暴力的な犯罪者だと噂をされている男だぞ? 二人は怖くないのか?」

 

 タケルという存在や顔が深く知られていなくても、代名詞として数多くの悪名が出回っているはずだ。

 普通の人なら怖くて仕方がないだろう。


「私たちはタケルさんがそんな人じゃないのは知ってるよ!」


 アンが至って真剣な様子で気恥ずかしい言葉をサラッと口にすると、シフォンも自信ありげに力強く頷いた。


「……ありがとう」


 俺は面と向かってそんなことを言われた経験がないので、目を逸らしてお礼の言葉を述べたのだが、すぐにアンとシフォンが悪い笑みを浮かべた。


「あっー! 照れてる? 照れてるの!?」


「タケルさんが恥ずかしがってます! 初めてですよね!?」


 二人はスッと立ち上がると、俺のほうにジワジワと接近してきた。


「っるせぇ! 見張りは俺がやるから早く寝やがれ!」


「わぁっ! おやすみー!」


「おやすみなさい! タケルさん!」


 俺はこれまでにないくらい語気を荒げて、二人をテントに追いやった。


 二人は慣れないことばかりで疲れているだろう。

 ゆっくりと休んでくれ。

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