第14話 vsミノタウロス

 朝方になってから屋敷へ帰ると、この時間は眠っているはずのシフォンがリビングで水を飲んでいた。


「あれ? 朝の散歩ですか?」


「まあ、そんなところだ。すまないが今日のクエストは休ませてほしい。アンにも伝えておいてくれるとありがたい」


 今日はやることができた。

 これからたっぷりと睡眠を取り、その時に備えるのだ。


「わかりました。あんまり無理しないでくださいね? 心配ですから」


「ああ。おやすみ」


「はい。おやすみなさい」


 俺は部屋に入るなり、すぐさまベッドに倒れ込み、闇に吸い込まれるように眠った。


 






 懐かしい夢を見ていた。


 これは、Bランク冒険者になってから初めてのクエストの時だろうか。


「おつかれー。ちょっと眠れなくてさー。話し相手になってよ」


 焚き火の前で夜の見張りをしている俺のもとに、眠れないというサラリーが現れた。


「いいぞ」


「ありがとー」


 サラリーは俺の隣に座った。


「気にするな」


 これといった会話はない。

 だが、決して気まずくはなかった。

 俺は、この時間を心地良いとすら思えていた。


「ねぇ。タケル」


 サラリーは沈黙を破り口を開いた。


「なんだ?」


「私たち四人でどこまでいけるかな?」


「たった三年で全員がBランク冒険者になったんだ。俺たち四人ならなんだってできるさ」


 パーティーのランクはメンバーの冒険者ランクの平均値で決まる。

 俺たち『漣』は、全員がBランク冒険者なのでBランクパーティーということになる。


「だよねー」


 サラリーは小さく笑いながら言った。


「ああ」


 再び沈黙が訪れた。

 目の前の薪木がぱちぱちと燃える音だけが空気を支配している。


「もしも」


「……」


「もしも、私にピンチが訪れた時は、タケルが守ってくれるよね?」


 サラリーは小さく膝を抱えながら儚げに笑った。


「当たり前だ」



 今思えば、俺がみんなに遅れを取り始めたのはこの辺りからだったかな。


 





 俺が目を覚ました時には既に外は闇に包まれており、時計の針は頂点を少し過ぎたあたりを指していた。


 どうやら半日以上眠っていたようだ。

 懐かしい夢を見たな。

 あの時間はもう戻ってこないのにな。

 ミノタウロスが現れる草原はここから徒歩でおよそ一時間くらいなので、少し早いが出発しても良さそうだな。


 夜も遅いので静かに身支度を整えて、部屋で眠っているであろう二人を起こさないように、ゆっくりとドアを開けて外へ出た。


「ふぅ……」


 美しい満月を眺めながら一つ深呼吸をした後に、腰に差した刀を見据えて準備を整えた。


「縮地!」


 俺は慣れた動作で地面を蹴り、疾風のように駆けた。



 






 俺は闇に紛れるモンスターに警戒しながら走り続けていると、まるで天からいかづちが落ちたかのような眩い光が突如として暗闇を照らした。

 それと同時に地鳴りのような轟音が響き渡り、何かが焼け焦げるようなにおいを感じた。


 これは雷魔法……。この山を超えた草原からか?


 俺はスピードを上げて最短で山を駆け上がり、勢いそのままに反対側の麓を目掛けて全力で駆け下りた。


 麓に到着しスピードを緩め、戦況の把握をしようとした刹那。


 黒煙が立ち込める前方から、傷だらけのサラリーが弧を描くように飛んできた。


「大丈夫か!?」


 俺は体を刺激しないよう慎重に受け止めてサラリーの容態を確認するが、意識が混濁しているようで、血と涙で滲んだ目を薄らと開けて俺のことを見ていた。


「だ……れ?」


 満身創痍で全身が血濡れたサラリーは力なく言葉を紡いだ。


「喋るな……傷に触る」


 すまないが、今は深く答えている場合ではなさそうだ。


 こうしている間にも前方の煙が晴れ、サラリーをここまで追いやった化物が姿を現していた。

 草原には両者の戦闘の後が色濃く残っていたが、サラリーの魔法を受けたはずなのに、小さな傷はあるが致命傷はなかった。


「ブモォォォッッ!」


 煙の中から現れたのは、何もかも破壊してしまうような巨大なミノタウロスだった。

 五メートルほどの体躯は全身が分厚い筋肉で覆われており、Bランクモンスターの中では最強と言えるだろう。


「っ!? いきなりかよ!」


 ゆっくり考える時間なんてものは当然与えられず、こちらの姿を認識すると同時に骨太い剛腕を振りかぶった。

 

 俺は人間を抱えた状態だといつものように縮地も刀も使えないので、最小限の動作でミノタウロスの拳をひたすら躱していくしかなかった。


 先ほどまで俺が立っていた草原は深く抉れており、一度でも喰らってしまうとすぐに行動不能になってしまうだろう。


 どうにかサラリーのことを避難させることができればいいんだが……。

 ミノタウロスも俺の手が空いたら不利になると気付いているのか、攻撃の手を緩める気配は全くなかった。


「くそっ!」


 いつもなら余裕で躱せるであろう攻撃も、女性とはいえ人間を抱えた状態だとそうはいかない。


 ミノタウロスの攻撃は徐々に肩や足をかすめていき、俺の体力をじわじわと削っていった。


「……っっ……はぁ、はぁ」


 まるで三年前に自分がやっていた戦法をやられているようで、次第に出血量も増えていき、息が上がっていくのがわかった。


 このままいけば——負ける。


「……ふぅぅ……」


 俺は一旦大きく後退し、ミノタウロスと十メートルほど距離を取り、一瞬の間に呼吸を整えた。

 なんとかサラリーを草原に寝かすことができれば刀を抜くことができるからだ。


「ブモォォ?」


 何をしているんだというような声を上げたミノタウロスだったが、何か危険を察知したのか先ほどよりもギアを上げて猛突進を始めた。


 サラリーを寝かせる暇はなさそうだな。

 ここは、一か八かだ。

 本当はこんなことなんてしたくなかったが仕方がない。


 俺は夜空に光り輝く満月に向かってサラリーを投げた。


「ブモォォッッ!?」

 

 ミノタウロスは依然として猛突進を続けてはいるが、俺の突然の行動に明らかにスピードが落ち、僅かだが隙が生まれた。


 ここからは己との勝負だ。

 

「縮地!」


 俺はミノタウロスを仕留めた後に、空中に放り出したサラリーが地面に落ちる前に回収しなければならない。


 俺は瞬間的に縮地を使い、五メートルほどの距離にいるミノタウロスに急接近した。

 そして攻撃を躱しつつ懐に入ると同時に軽く跳躍し、ミノタウロスと視界が視界が平行になったところで抜刀。


「……一閃」


「ブモ——」


 叫び始めたが、もう遅い。

 すでに首は宙を舞い、満月を背景に血飛沫を上げていた。


 俺は着地と同時にすぐさま方向転換をし、サラリーの落下地点に向かった。


「タケ……ル……?」


 俺が優しく受け止めると、サラリーはこちらに手を伸ばしながら弱々しい声で言った。


 同時に俺たちの背後からミノタウロスの胴体が倒れ伏す音と、切り離された生首がボトリと地面に落下する音が聞こえた。


「……違う。俺はケイルだ……」


 サラリーは俺の返事を聞く前に、眠るように目を閉じてしまった。


 取り敢えず、急いで治療しないとな。


 俺はサラリーを抱えたまま、今出せる全力のスピードでフローノアへ駆けた。


 月明かりを頼りに冷静に見てわかったが、今回のミノタウロスは俺が知っているミノタウロスよりも一回りほど大きい個体だった。


 これは、魔法使いが単独で勝つことは厳しいだろう。

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