第13話 思い出の場所……

「タケ……さ……!」


 暗闇で迷子になった俺に手を差し伸べるような声が聞こえる。


「タケル……! 大丈……すか!?」 


 肩に温もりを感じ、ゆっくりと意識を覚醒させた。


「ぁ、ああ。す、すまない……」


 俺は泣きそうな顔になっているシフォンに肩を揺さぶられていた。


「いきなりどうしたんですか? 体調でも悪いんですか?」


 シフォンは心配そうな声色で、自分の額と俺の額を交互に触って熱を測っていた。


「だ、大丈夫だ……。心配かけたな」


 俺は膝に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。


「ならいいんですけど……」


「タケルさん。今日はクエスト休んだほうがいいよ?」


 シフォンの隣にいたアンもいつもの元気はなく、どこかしゅんとしていた。


「……いや、行こう。金も必要だろ?」


「そ、そうだけど……」


 シフォンは何か閃いた表情になった。


「わかりました。僕たちが戦うので、タケルさんはジッとしててくださいね?」


「すまないな。アン、適当なクエストを頼む」


 俺たちは人がまばらなギルドに入っていった。


「はぁい。んー、私とシフォンだけで戦うから初見のクエストはだめだよね。無難にオークでいいかな?」


「いいと思います! 早速向かいましょう!」


 アンはシフォンの同意を得るなり、すぐに受付に向かい、クエストを受注した。


 はぁ。なんか体が気怠いな。









「あっさり終わりましたね!」


「うん。でも、手応えはあんまりなかった」


 本当にあっさり終わった。

 二人はオークが出現する草原に行くなり、散り散りになっていた五匹のオークを魔法と剣であっという間に討伐した。


 今は帰り道をのんびり歩いている最中である。


「二人は賢者候補のサラリー……様がなぜフローノアに来たのか知ってるのか?」


 ここに来て俺が初めて口を開いたので、二人は少し驚いた様子だったが、すぐに教えてくれた。


「はい。街の人に聞いた話によると、街から離れた草原に現れたミノタウロスの討伐のために、フローノアに一時的に滞在するみたいです」


「ミノタウロスか……。かなり厄介だな」


 ミノタウロスはBランククエストの壁とも言われており、ここをパーティーで突破しなければ、Aランク冒険者として戦っていくことは厳しいと言われている。

 いわば境界線だ。

 力もスピードも相当なもので、舐めてかかると一瞬で命を落とすだろう。

 そしてなにより……。


「厄介なの? Sランク冒険者のサラリー様なら余裕なんじゃないの?」


 アンの疑問も最もだ。

 Sランク冒険者ならミノタウロスには負けないだろう。

 ただ、それは魔法以外で戦う場合だ。


「そうともいえないな。ミノタウロスは魔法がほとんど効かないんだ。魔法だけで倒すなら上級魔法を何度も何度も撃ち続けるしかないだろう」


 つまり、ミノタウロスとサラリーの相性は最悪だということだ。

『漣』の時にミノタウロスを討伐したが、サラリーとスズはそこまで戦闘に加わっていなかった。

 俺が陽動し、ロイが斬る。これを繰り返すのだ。

 なぜ厳しいと分かっているはずなのに、この依頼を受けたのだろうか。


「そうなんだ。あっ、二人は外で待ってて。私が報告してくるね!」


 話しているうちにギルドへ到着したので討伐完了の報告はアンに任せ、俺はシフォンと二人で真っ赤な夕陽の下でアンの帰りを待つことになった。


「そういえば、サラリー様はシフォンの憧れの人だったよな? 久しぶりに会ってみてどうだった?」


「カッコ良かったです! サラリー様みたくなりたいです!」


 シフォンは食い気味に力強く答えた。


「……そっか。なら、もっと強くならないとな」


 少し複雑だが、本人の憧憬を否定する権利は俺にはない。


「はいっ!」


「終わったよー。って、なんかいい雰囲気だね! 最初の頃に比べてシフォンのよそよそしさも無くなったしね!」


 シフォンと話しているうちにアンが戻ってきた。


 いつの間にか、人見知りをしなくなっていたな。


「は、恥ずかしいのでやめてください……」


 シフォンは照れを隠すように、黄色がかった髪の毛をもじとじといじりながら言った。


「あの時のシフォンも可愛かったよ! ね! タケルさん!」


 ここは揶揄うノリに乗るべきだろう。


「ああ。可愛かったぞ」


「……はぅっ……」


 俺が言うと同時に顔は数段赤くなり、子供みたいな反応をしていた。

 十六歳だしまだ子供か。


「……よし。帰るか」


「シフォン? おーい」


 シフォンは目を開いたまま固まっていた。


「……はっ。か、帰りましょう」


 アンがしばらく声をかけ続けると、ようやく我に返った。


「お、おう?」


 屋敷に帰る道中、シフォンはしきりに俺のことをチラチラと見ていた。


 顔が赤いのは、きっと夕陽のせいだろう。








 夜の帳もすっかり降りた深夜三時頃。


 俺は二人を起こさないように屋敷を抜け出し、ある場所へ来ていた。


 ここは、街から徒歩十分ほどの位置にある森の中。

 そこの中心部にある小さな泉だ。


 当時、『漣』は臨時でパーティーを組み、ここで休憩をしている時に意気投合し、正式なパーティーとなったのだ。


 いわば、思い出の場所というわけだ。


 フローノアに帰ってきて以来初めて訪れたが、相変わらず良い場所だ。

 透き通るような青い水には月の明かりが照らされ、心地良い夜風が静かに木々を揺らす。


 俺は『漣』だった頃の定位置、泉のすぐ近くの木陰に座り、ゆったりとした時間を過ごしていた。


「あれー? ロン毛のおにーさん?」


「っ!?」


 突如として背後の茂みからサラリーが現れた。

 二度目の邂逅ということもあり、幸い大きな驚きはなかったが、少なからず動揺はしていた。


「こんなところで、どうしたのー?」


「……眠れなくて」


 動揺を隠すように適当な言い訳を並べた。


「ふーん。私も眠れないんだよねー。明日のこの時間は戦闘の真っ最中だろうし。あ、今の内緒だよ? 騒ぎにならないようにこっそり行くから」


 サラリーは自分の心を落ち着かせるような小さいため息を吐き、俺の隣に小さく座った。


 どうやらミノタウロスとは深夜になってから戦うようだ。


「そうなんですか……」


「うん……。ねぇー……私たち。どこかで会ったことある?」


 俺の顔を覗き込むように聞いてきたサラリーの言葉に俺の鼓動は速くなり、全身に血が巡っていくのを感じた。


「……いえ」


 俺は言葉を振り絞り、平静を装いながらなんとか答える。


「そっかー」


 サラリーはなんでもなさそうに言った。


「明日。勝てそうですか?」


「んー……。わかんないかなー。けど、賢者候補として名を挙げるなら、魔法だけでミノタウロスの一体くらいは倒さないとねー」


 少しだけ考える素振りを見せた後、覚悟を決めたような表情で答えた。

 

 やはり厳しい戦いになることはわかっていたのか。

 ロイやスズがいないのも、自分一人だけで倒してこその強さの証明ということか。


「……頑張ってください」


 完全な部外者の俺には、応援することしかできない。


「うん! おにーさんの名前教えてよー。なんか懐かしい感じがしてさー」


 俺もサラリーとこうして話すのは懐かしい。

 まるで昔に戻ることができたみたいで……。


「……ケイルです」


 名前でバレる可能性があるので、パッと浮かんだ偽名を使った。


「ケイル……ケイルね! 私が討伐完了したらまたここで話そうねー。じゃあねー」


 サラリーはスッと立ち上がると、楽しそうに手を振りながらこの場を後にした。


「またな……サラリー」


 結局、俺は太陽が山の向こうから顔を出すまで一人で時間を過ごしたのだった。

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