第6話 弟子ができました
結局、以前と同じく街の外れで一晩を明かしてしまった。
野宿は山籠りで慣れっこだから特に気にしないが、やはり街にいるからには普通に暮らしたいという願望もある。
「ボーッとしてるけど、どうかした?」
「いや、なんでもない。クエストは決まったか?」
俺は温泉に入った後、アンとの約束通り昼頃にギルドへ来ていた。
「……うーん」
「今日はクエストはやめとくか」
俺は唸りながら悩み続けているアンを見て、一つ思いついたことがあった。
「えぇ! じゃあなにをするの?」
このパーティーが発展するいい機会だ。
「これだよ、これ」
受付の横から一枚の紙を取り、アンに見せる。
「これって……パーティーメンバーの募集の紙だよね? ま、まさか! もうパーティー解散!? 私って要らない子?」
アンは頭の中で一人で処理してしまったのか、うるうるとした瞳で見上げてきた。
「アホか。そんなことしねぇよ。パーティーのバランスが悪いから魔法使いを募集するんだよ」
「確かに私は戦士だし、タケルさんは……剣士?」
元来、刀というのは海を跨いだ極東の島から渡ってきたというので、そこの言葉通りなら俺はサムライだろうか。
「取り敢えず募集するか。まずはパーティー名を考えないとな。どうする?」
俺とアンは紙を持って、書き物ができるスペースへ向かった。
「タケルーズ?」
そんな恥ずかしい名前を真顔で言うな。
「却下」
「
なんか……ダサい。
「却下」
「もうダメ! 思いつかないよ!」
どうやら、アンはネーミングセンスが壊滅的なようだな。
「俺も思いつかないな」
「あっ! これはどう?——『一閃』」
◇
結局、パーティー名は『一閃』になった。
理由は俺がバトルボアの群れを相手にしたときにボソッと聞こえたかららしい。
突拍子もない理由だが、タケルーズよりは百倍はいいだろう。
「あとは初心者歓迎。魔法使い求む。定員一名。パーティーリーダーはタケルさんっと。貼ってくるねー!」
アンはサラサラと必要な情報を書き終えると、募集掲示板に紙を貼りに行った。
自分で戦士とは言っていたが赤の革鎧は相当軽そうなので、戦士感は少ないな。まあ、どうでもいいことか。
あとは待つだけか。
暗くなるまでに、来るといいな。
◇
「こないね」
テーブルに肘をついたアンが言った。
「まだ、貼ったばかりだしな」
一時間ほどしか経っていないので当然だろう。
もう少しの辛抱だ。
◇
「もう空も赤くなってきたね」
アンの顔は夕焼けで真っ赤に照らされていた。
「……ああ。まだ帰る時間帯じゃない」
あと少しで外は暗くなってくるだろう。
まだ四時間ほどしか経っていないので、まだまだこれからだ……。
はぁ。
◇
「ほ、ほんとにくるのかな?」
「……」
「もう喋らなくなってるじゃん!」
仕方ないだろ。七時間も待ったのに、誰一人来ないんだから。
「はぁ。今日は帰らない? また——」
「——すみません。この紙を見たんですが」
アンの言葉を遮るようにして現れたのは、パーティーメンバーの募集の紙を手にした銀髪の青年だった。
「え!? 私たちのパーティーに入りたいの?」
そんなに食い付くな。待ち侘びていたみたいで恥ずかしいだろ。実際は待ち侘びてたけど。
「ええ。こんな私でよろしければ。魔法剣士のルークと言います。よろしくお願いします」
青年は整った顔だからこそ許されるキザな態度で、恭しく一礼をした。
「もちろん! 大歓迎だよ! タケルさんはどう?」
「……いいんじゃないか」
正直、魔法剣士なら万能なのでありがたいと思ったが、アンのことを見る目がかなり怪しい。
アンは気付いていないようなので、ここは一先ず様子見だな。
◇
翌日。
顔合わせもそこそこにすぐに解散した俺たちは、Eランククエストのオーク討伐に来ていた。
「へぇー! アンちゃんって言うんだね! よろしくね! こちらの茶色いロン毛の男性は?」
ルークさんはアンと距離を縮め、俺の前に二人並んで歩いていた。
「俺はタケルと言います。一応パーティーリーダーをやってます。よろしくお願いします」
茶色いロン毛の男性か……。そろそろ短髪にしようかな。
「そうですか。お二人のランクを聞いてもよろしいですか?」
「はい。二人ともFランクで、このクエストをクリアしたらEランクの試験を受けられるようになるんです」
「実は私はDランクでしてね、困ったら助けに入りますので安心してください」
Dランクか。中堅冒険者といったところか。
だが、この銀色に光るゴテゴテの鉄鎧はどう見てもDランク冒険者が手を出すものではないな。
歩く動作を見ても、かなり動きを制限されていることがわかる。
「頼りになりますね! でも、こう見えてタケルさんも強いんですよ!」
こう見えては余計だ。
確かに安物の黒い布切れを着てはいるが。
「まあ、多少は腕に自信があります。それよりもオークの姿が見えてきましたよ。どうしますか?」
「では、私がやります。魔法剣士として素晴らしい戦いをお見せしますよ」
ルークさんは意気揚々とした口調で右手に短剣を構えた。
魔法剣士は利き手に武器を持ち、空いている方の手で魔法を発動するのだ。
剣と魔法をどちらも極めることはできないが、上手く使えば万能的な立ち回りで重宝される。
「では、行きます!」
ルークさんは重量感のある鉄鎧のせいか、お世辞にも早いとは言えないスピードでオークに向かって行った。
◇
ルークさんは水魔法と短剣を使いながら一進一退の攻防を繰り広げていたが、終わったころには汗だくで、爽やかな青年の見る影はなくなっていた。
「はぁ……っ……はぁ……。どう、でしたか? アンちゃん」
結果的にルークさんは一匹のオークを相手に辛勝した。
「は、はい。凄いと思います……」
アンは俺の方をチラチラと見ながら言った。
気付いているのだろう。今の戦い方だとこの先は危ないと。
「で、ですよね! では、アンちゃん。私とパーティーを組みましょう! 戦い方を一から教えてあげますよ」
「ダメだ。その戦い方だと危険すぎる。いつ命を落としてもおかしくはない」
俺はつい言葉が強くなり敬語が外れてしまっていた。
「ごめんなさい。私もタケルさんの言う通りだと思います」
アンはペコリと頭を下げると、俺の隣にやって来た。
だが、それを聞いたルークさんは眉を顰めていた。
「では後ろでずっと見ていただけの君は、あそこに残っているオークをどうやって倒すのですか?」
ムッとした顔のルークさんが草原をのんびりと歩いているオークを指差して言った。
「オークはモンスターの中では遅い方だからスピードで撹乱するのがいいだろう。一撃は重いが、その分皮膚は脆い。オーガの完全な下位互換といった感じだ」
「ほう? では、実践をお願いしても?」
アンは俺とルークさんの間に流れるやや不穏な空気にあわあわしていた。
「ああ」
俺は縮地を使わず、本来のスピードでオークに向かって行った。
こちらに気付いて殴りかかってくるオークの拳を見切り、余裕を持って躱す。
オークは攻撃の反動が多少あり、一撃の後は僅かな時間だが隙が生まれる。
そこを上手く利用することで、脆い皮膚に一太刀を浴びせることが可能なのだ。
「凄い……」
オークの首を飛ばした俺の背後からルークさんの感嘆の声が聞こえてきたので、俺はゆっくりと歩いて先ほどの位置まで戻った。
「モンスターの情報と自分の攻撃スタイルについて詳しく知らないと痛い目に合います。せっかく魔法が使えるんですからまだまだ上を目指せると思いますよ。アン、行くぞ」
「え? 置いていっていいの?」
「ああ」
俺たちは考え込むような表情で俯いたルークさんを置いて街へ帰還した。
◇
翌日。ギルドへ行くと、予想だにしない出来事が起きていた。
「タケルさん! いえ、師匠! 私を弟子にしてください!」
俺の目の前には深く頭を下げるルークさんの姿があった。
どうしてこうなった。
「昨日は結構きついことを言ったつもりだったんですが……。取り敢えず顔を上げてください。周りの目もありますから」
「私は師匠の助言で自分を見つめ直すことができました! 正直、パーティーにはアン嬢が目当てで入ったのですが、昨日の師匠に感銘を受けた次第です!」
顔を上げたルークさんは鋭い目付きで俺とアンの姿を見据えながら捲し立てた。
「つまり、ルークさんはパーティーには入らずに弟子になりたいってことですか?」
「はい! で、どうですか? それと私のことは呼び捨てで、話し方もタメ口で構いません!」
本人が言うならそうさせてもらうが、本当に良いのだろうか。
「わかったよ、ルーク。お互い時間が空いている時は、また一緒にクエストに行こう」
「ありがとうございます! では、私は早速クエストに行きますので、失礼いたします!」
ルークは軽い足取りで立ち去った。
今気付いたが、ルークは以前のような重量感のある鉄鎧を着ておらず、代わりに露出は多いが俊敏な動きができそうな鉄鎧を身につけており、さらに腰には長剣が差してあった。
「タケルさん。もう一度、募集し直しだね……」
「……そうだな」
次こそは普通の人が来てくれることを願う。
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