第5話 友達がいない

 結局、街の外れに生えた雑草の上で夜を明かした俺は、なけなしの銅貨で温泉に寄ってからギルドへ向かっていた。


「タケルさん! 遅いよ! もうお昼過ぎだよ!? ずっと待ってたんだよ?」


 アンはぷんすか怒った様子で捲し立てた。

 仕方ないだろう。

 昨日の帰り際に、待ち合わせの約束なんてしてなかったからな。


「そうか。すまなかった。今日からは別れ際に時間を決めようか」


 だが、待たせてしまったのは事実なので、謝罪は述べておいた。


「そうしてくれるとありがたいかな。昨日から思ってたんだけど、タケルさんってその服がお気に入りなの?」


 温泉に入って体がさっぱりしたことで、服に金をかけるのをすっかり忘れていた。

 というか、こんな服がお気に入りなわけあるか。

 三年前のままの薄い肌着だぞ。


「クエストが終わったら買いに行くか」


「うん。あっ! 私これがいい。適性はEランクだけど大丈夫かな?」


 アンが話しながらも掲示板の中から選んだのは、Eランククエストのゴブリン討伐だった。


 これに対する俺の答えは決まっていた。


「ダメだ。なぜそれを選んだ?」


「なぜって、バトルボアより弱そうだし、最初はみんなこれをやるから?」


 アンは呆気らかんとした表情で答えた。


「こいつらは己の弱さを知っているから集団で行動するんだ。人間の女は拐われると死ぬまで慰み者にされる。男はその場で殺され喰われる。どうしてEランクなのかずっと疑問なくらい残酷なクエストだ。まだ行きたいか?」


 D若しくはCランクくらいが丁度いいと昔から思っていた。


「う、ううん。絶対に行かない……」


 俺が言ったことを想像したのか、アンは体をブルブルと震わせながら拒絶の意を示した。


「そうか、良かった。もっと強くなったら行こうな。それでなんだが、俺のおすすめはこれだな」


 掲示板の上の方にあった紙を剥がし、アンに見せる。


「ファストウィークラビットのツノの採取? Fランククエスト? 聞いたことないよ?」


「ああ。ギルドの近くの山の麓に生息しているモンスターだ。一度初見で戦ってみてほしい。きっといい経験になるはずだ」


「タケルさんがそう言うならやってみるけどピンチになったら助けてよね?」


「ああ」


 まあ、そんなことにはならないと思うが。










「もぉー!」


「静かに気配を感じろ。次はどの草むらから現れる?」


 ギルドの近くの山の麓に来たのだが、アンはファストウィークラビットに翻弄されていた。


「早すぎるよー。タケルさんどうしたらいいの?」


 このモンスターは草むらの陰からFランクとは思えないスピードで飛び出して突進してくるのだ。

 ただ、威力は皆無なのでふわふわの毛の塊が触れたくらいにしか感じない。


「目で草むらを見るな。耳を使って空気の流れを感じるんだ」


 こればっかりは説明が難しいので、実践もらうしかない。


「やってみる」


 アイは目を瞑り、剣を構えた。

 集中しているのが、こちらにも伝わってきた。


「ここっ! あ……」


 アンは右に剣を振ったが、モンスターは左から現れた


「真逆だ。まあ、こればっかりはやり続けるしかない。このスピードに慣れないと、Cランクより先は厳しいな」


「ぅぅ。これからたまにここに来ようかな」


「地道でいい。最初から強い人なんて存在しないんだ」


 ロイだって、最初の頃はバトルボアに吹き飛ばされて血だらけになっていたこともあったのだ。


「タケルさんも?」


「俺なんて、今でこそまあまあ強い自覚はあるけど数年前は酷かった。ファストウィークラビットみたいな戦い方で非難もされていたしな」


 このモンスターは俺に似ている。

 あまりにも低い攻撃力を他のものでカバーしようと試みるが、敵わないことの方が多いのだ。


「そっか」


「よし、行くか」


 俺はサッと刀を一振りし、ツノの回収を終えた。


「えぇ!? いつの間に倒したの?」


 俺は今すぐに服を着替えたい衝動に駆られていたので、早急に終わらせた。








「銅貨が五枚か……」


「それだと、あんまりいい服は買えないね。私も何か見ようかなー」


 Fランククエストの報奨金なので仕方ないだろう。


「まあな。明日も昼頃にここで集合でいいか?」


「う、うん……?」


 アンは顔に疑問符を浮かべた。

 どうした?


「じゃあな。また明日」


 俺が手を振り立ち去ろうとすると、アンは俺を呼び止めた。


「ま、待ってよ! この流れは二人で買いに行く流れじゃないの!?」


 勢いよく腕を引っ張られたので、仕方なく振り向いた。


「なんだなんだ。まだ夕方だぞ? 自分の時間もあるだろ? 友達と遊ぶとか、買い物するとか」


「そ、その……」


 途端にもじもじし始めた。

 適当にからかうか。


「……すまんな。気づけなくて。アンは友達がいないんだな」


 俺は泣き真似をしながら言った。


「ぅっ……直接言わなくたっていいじゃん!」


 どうやら当たってしまったらしく、図星を突かれたような表情だった。


「気にするな。ほら、とっとと行くぞ」


 こんなところで、時間をくってしまった。

 日が暮れる前に急がねば。


「えっ? 付いて行っていいの!? って置いてかないでよー!」

 

 俺が先に外へ向かうと、アンはサラサラの長い赤髪を揺らしながら走ってきた。


 俺も友達なんていないので、断る理由はないのだ。








 俺はとにかく安い服を銅貨を二枚だけ残して買えるだけ買った。

 この二枚はもちろん朝の温泉のためだ。


 今はその帰り道。


「なあ。『漣』は今どこにいるんだ?」


 これは、単純な疑問だった。

 てっきり街に戻って来ればすぐに会えるもんだと思っていた。


「王都で他のSランクパーティーと序列を争ってるみたいだよ。なんせ、魔王討伐に向けたメンバーはSランクパーティーから選りすぐりの人たちが選ばれるからね! 私も憧れちゃうなー」


 楽しげな様子でアンが教えてくれた。


 あいつら、俺がいない間にすごいステップアップしたな。


「昨日言っていた勇者候補やらなんやらはそれのことだったのか」

 

 様々な情報が頭の中で錯綜していて、いまいち整理しきれていない。


「そうだよ。勇者、賢者、聖女、戦士、それぞれ一人ずつ選ばれるの!」


 ロイとサラリーとスズは三年前までは戦士と魔法使いだったはずだが、そんな仰々しい呼び方になったのか。


「そうなのか」


「というか、今じゃ世界の常識だと思うけどタケルさんって俗世に疎いとこあるよね」


 流石に三年も離れていたらこうなってしまう。

 

「まあな。そこはあまり気にしないでくれ」


「うん! あ、ここが私の宿だよ」


 いいとこ泊まってるんだな。ある程度貯金はあるのかもしれないな。


「そうか。じゃあまたな」


「集合はお昼だからね! タケルさんも気をつけて帰るんだよ?」


「……おう」


 俺は宿無し文無しなんだ。


 今夜も街の外れにいくか……。

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