第4話 初めてクエスト
「『漣』は、三年くらい前にとある人が悪事を働いてパーティーから脱退したことでガラッと方針が変わって、それからたった一年で世界で五組目のSランクパーティーになったんだって!」
クエストへ向かう道中、アンにSランクパーティーについて聞くと、冒険譚が大好きなのかペラペラと話してくれた。
そして、俺が三年間山にいたことが発覚し、同時に年齢が二十三歳だと分かったのだった。
「悪事ってどんな悪事を働いたんだ?」
俺は脱退というよりも強制的に追放された形だ。
色々と話が脚色されていて、もうどういう反応をしたら正解なのかがわからない。
「なんでも、聖女候補のスズ様と賢者候補のサラリー様に日常的に暴力を振るっていたとか。それに痺れを切らした勇者候補のロイ様がお怒りになったみたい。タケルさん? 変な顔してるよ? どうしたの?」
というか、日常的に言葉の暴力を浴びていたのは俺の方なんだがな。
候補がなんたらかんたらも気になるが、今聞きたいのは俺の扱いがどうなったかだ。
「なんでもない。それで、その脱退したやつはどこに行ったんだ?」
「それは、誰もわからないみたい。もともと名の知れた人ではなかったらしくて、私の周りの人もみんな知らなかったよ」
フローノアで唯一のAランクパーティーにいたはずなのに名が知られてないって、どんだけ影が薄かったんだろう。
「そ、そうか。可哀想なやつだな」
過去の自分を哀れむ自分が一番可哀想だ。
「うん。ただ、二つ名はみんな知ってたよ。その人が街からいなくなってからだけど、色々な理由で【光速移動】って呼ばれてるみたい」
二つ名なんて全く知らなかったな。
由来は俺の攻撃スタイルと街から姿を晦ました速さからだろうか。
嬉しいが、かなりダサいな……。
「そうか……よし、着いたぞ。ここがバトルボアの巣だ。こういう深い洞穴を自分の牙で掘って根城にしているんだ」
俺らが受けたクエストはEランクのバトルボアの素材の採取だ。
「いきなり私たちだけで平気? 私、モンスターの討伐なんて初めてだよ?」
アンは不安そうな顔だが、バトルボアなら攻略法を知っていれば何ら問題ない相手だ。
「安心しろ。やつらは単独行動を好むから二人いれば足りる。初撃さえ躱すことができれば、一人で倒せるはずだ。それに、バトルボアは確実にアンを狙いにくる」
俺は洞穴の中に石を一つ投げ入れ、バトルボアに敵の存在を知らせた。
やつらは知能が低いので、これだけでノコノコとやってくるのだ。
「わ、私が狙われる!? が、頑張るね!」
アンが剣の柄をギュッと強く握りながら構えた。
「来るぞ……。俺が合図をしたら左右どちらかに回避しろ」
アンが小さく頷いた。
そして、ドドドド、とバトルボアの足音が徐々に近づいてくる。
「ま、まだ……?」
待ちきれない様子でアンが聞いてきたが、まだ早い。
「まだだ」
洞穴の中はかなり音が反響するので、慣れてこないと敵との距離感が掴みにくい。
「——今だ!」
「それっ!」
洞穴の中からギラついた目で走り込んできたバトルボアはアンに突進するも、あっさりと回避される。
「今のうちに後ろから頭を一突きしろ!」
バトルボアは自身のスピードも相まって静止するのに苦労し、振り向くまでに時間がかかる。
ここを狙うのだ。
「う、うんっ!」
バトルボアがこちらに振り向く前に、アンは素早く剣を後頭部へ突き刺した。
同時にバトルボアは「……プギィ……」と小さな呻き声をあげて、草原に横たえた。
「初めてなのに躊躇なく刺せるなんて凄いじゃないか。討伐おめでとう」
俺が初めての頃なんて刺すのも怖かったし、刺した後に飛び散る鮮血も怖かったからな。
「あ、ありがとう! タケルさんはその口ぶりだと、昔何かやってたの?」
「まあ、少しな」
バレてもいいのだが、世間から見た俺の評価がいまいちなところを考えると、少し名乗り辛いな。
「それに、どうして私の方にバトルボアが来るってわかったの?」
「簡単だ。バトルボアは自分より弱いと思ったやつにしか攻撃をしてこないんだ」
俺もDランク冒険者になる迄はバトルボアに追いかけ回された記憶がある。
タイミングをわかりさえすれば、あっという間に倒せるのにな。
「じゃあ、帰ろ! 初クリアを祝してジュースで乾杯しようよ!」
ルンルン気分なところに水を差すようで悪いが、嫌な予感がする。
ん……? なんだ、この音。まさか……。
「待て。さっきも言ったが、バトルボアは単独行動を好むが、好むだけなんだ」
「え? それって……!」
アンは察しがいいな。これは少しめんどくさいことになったな。
「音が聞こえるだろ? 取り敢えず後ろの広い草原に行こう。集団で来られたらここだと対応が難しい」
洞穴から聞こえてくる地鳴りのような音は着実にこちらへ向かってきていた。
「タケルさん、大丈夫なの!?」
「俺の後ろにいてくれ。すぐに終わらせる」
来たな。数は一、二、三……八ってところか。
「——縮地!」
俺はバトルボアの群れに目掛けて縮地で接近していく。
「一閃」
俺は、やや手前で抜刀し横薙ぎに振るった。
「プギィィッ!?」
よし。終わった。
「えっ!? はぁ!? えぇぇ!?」
「ど、どうした? 怪我でもしたか?」
突然、俺の背後に隠れていたはずのアンが大声を出した。
「バトルボアの群れが、一瞬で横にスライスされた……。魔法? スキル? なにが起きたの!?」
アンは目を見開きながら興奮した様子で、徐々に語気を荒げて言った。
「全部ハズレだ。これはただの技術に過ぎない。努力さえ積めば誰でもできる。俺は魔法は全く使えないし、スキルは戦闘用のはもっていない」
俺は索敵や隠密など地味なスキルしか持っていないのだ。
「そ、そうなんだ……。よく分からないけど守ってくれてありがとう!」
「いいんだ。さあ、素材の採取をしたらすぐに帰ろう。腹が減った」
今回は素材採取だけなので必要はないが、クエストが完了した証拠としてモンスターごとに決められた討伐完了部位というのを受付に持って行かなければならないのだ。
「うん!」
アンはグロテスクなモンスターの解体にも怯えることなく、せっせと取り組んでいた。
意外と肝が座っているのかもしれない。
◇
「お疲れ様でした。バトルボアが八体ですね……八体!? 凄いですね! あと二回クエストをクリアしたらEランクの試験を受けることができるので、引き続き頑張ってくださいね!」
Fランクの頃のロイでも八体は無理だろうからな。
普通に見れば快挙だろう。
「ありがとうございます! 受付さん!」
サクラではない見知らぬ受付嬢から報奨金を受け取ったアンは満面の笑みだった。
「アン。報奨金はいくらだった?」
「銀貨二枚だったよ!」
銀貨二枚あれば、一人で宿に食事付きで二泊はできるな。
「それはアンが全て受け取ってくれて構わない」
「な、なんで? 半分に分けるのも申し訳ないのに、全部なんて!」
アンは片手に銀貨を一枚ずつ持ちながらグイッと近づいてきた。
「離れろ」
俺は片手でアンの頬を摘みながら顔を遠ざけた。
「へびゅっぅ」
「俺は金に困っていない。その金はアンが大事に使ってくれ」
俺は、膨れっ面のアンを置いてギルドを後にした。
本当は金なんて銅貨八枚しかねぇのになぁ。
こんなんじゃ、飯だけで精一杯だな。
今夜はどうやって過ごそうかな。
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