第3話 Fランク試験

「ガルファさん。ありがとうございました!」


 フローノアに到着したので、ここでガルファさんとはお別れだ。

 

「いいんじゃよ。これをやろう。見たところ無一文じゃろ?」


 顔に深い皺を刻みながら笑ったガルファさんは、指で銀貨を一枚弾いてきた。


「悪いですよ! 俺は何もしてませんし!」


 俺は反射的に銀貨を受け取りはしたが、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ワシのような老いぼれと話をしてくれたお礼じゃよ。では、達者でな」


 結局、ガルファさんは俺が返そうとした銀貨を受け取ることなく、馬車を走らせて行ってしまった。

 だが、俺はガルファさんの言う通り無一文だったので感謝しかない。


 ギルドに向かう前に身なりを軽く整えないとな。

 幸い体質のおかげで髭は生えていないが、髪の毛は伸び切っていて体の汚れも酷いもんだ。


 ということで、最初は街の温泉に向かうことにした。








 温泉で汚れを流した俺は、ゆっくりと辺りを見渡しながら街道を歩いていたが、街並みに大きな変化はなかった。

 温泉で銅貨二枚を払ったので、残りは銅貨八枚。

 通貨価値も銅貨十枚で銀貨一枚と、以前と変わっておらず安心した。


 人混みに流されながら暫く歩くとギルドに到着した。


 早速だが冒険者登録をしに行くか。


 ギルドの中へ入るが、特に変化はなし。

 冒険者や受付嬢の中に見たことのない顔もあるが、知っている顔も多く見られた。


 あっちから見たら風貌が変わり過ぎて、俺のことを認識できなさそうだな。


「初めまして、冒険者ギルドへようこそ。本日のご用件はなんでしょうか?」


 俺は馴染みのある受付嬢、サクラのもとへ向かった。

 俺が冒険を始めた十六歳のころに新人受付嬢として、俺のことを担当してくれていた旧知の仲だ。


「冒険者登録をお願いします」


「かしこまりました。Fランク試験の申し込み用紙にご記入お願いします」


 ん? 試験なんてものはなかったはずだが。


「すみません。試験とはなんですか?」


「Sランクパーティー『漣』の意見により二年前から導入された制度になります。ランクを上げるには毎回試験を受ける必要があります。冒険者登録にはFランク試験、次へ上がるにはEランク試験、このようにステップを踏んでいくんです」


 そんなことよりも、まさかあいつらがSランクパーティーになっていたとはな。

 つまり、俺は二年以上はあそこにいたということか。

 だんだん時系列が分かってきたが、この間に色々な出来事があったんだろうな。


「ありがとうございます。書き終えましたので試験の日時について教えてくださいますか?」


 名前欄にタケルと書き、その他の戦闘の経験やスキルや魔法についても適当に書いていくが、特に詳しくチェックをしていないようで、全く怪しまれることはなかった。


「Fランク試験は週に三回ほど行っておりまして、直近だと一時間後にありますがどうなさいますか?」


「では、それでお願いします」


 サクラはこれだけ話しているのに全く俺に気がつく気配がなかった。


「かしこまりました。それにしても、冒険者志望の方なのに随分丁寧な言葉遣いですね!」


 昔から俺は基本的に丁寧語で話すように心がけているのだ。

 親しくなったら別だが。


「ありがとうございます。では、また後で」


 俺は軽く手を振り受付を去った。

 そのうち気づくだろうし今言う必要もないかな。






「Fランク試験を受ける皆様、こちらの部屋にお入りくださぁーい」


 街をぶらぶらしながら一時間を過ごしギルドへ戻ってくると、丁度良く呼びかけが始まっていた。


 俺は大勢の人混みに紛れながら廊下を歩き、流されるがままに入室した。

 というか、こんなに受ける人がいるのか。

 三十人、いや五十人ほどいるだろうか。


「オレは試験官のジャクソン。Dランク冒険者で拳闘士をしている。試験内容は簡単だ。魔法使いは的当てと詠唱、その他の戦闘職は模擬戦だ。質問ある奴は……いないな? では、別れろ! すぐに試験を始めるぞ!」


 試験官が熱のこもった言い方で簡潔に伝えると、早速試験が始まった。

 中央に仕切りがあり、魔法使いは窓が設置された右側のフロアに行き、俺を含めたその他の者たちは左側のフロアに向かう。


 そして次々と冒険者志望の剣士達が模擬戦を行なっていく中で分かったが、どうやら勝ち負けは関係なく、試験官の裁量で決まるようだ。


「最後だ! そこのロン毛の男とその右隣に座る赤髪の女!」


 いよいよ出番か。弱小とはいえ元Aランクだ。

 パッと終わらせて帰ろう。


 両者向かい合い、試験官の合図で模擬戦が始まる。


「はじめぇ!」


「——縮地!」


 俺は開始の合図とともに軽めの縮地を使い、瞬時に赤髪の女の懐へ入り、鳩尾に向かって峰打ちをした。


「……ごふッ……ッ!」


 小柄な赤髪の女は、くの字にしなり腹を抑えて蹲り、試験官が慌てた様子で試合の終了を告げる。


「っ! しゅっ、終了! 貴様、今なにをした!?」


 今のはAランクパーティーにいた頃のスピードよりも遅いくらいでかなり手加減したんだけどな。


「早く動いただけです。それで、合格ですか?」


 俺は早いだけだ。これくらいしかできない。


「あ、ああ。合格だ……。この攻撃に耐えた赤髪の女も合格だ。よし、これにて試験は終了だ! 不合格者は次の試験に向けて励みたまえ! 解散!」


 やっと終わった。

 待ち時間で三十分ぐらいあったからそっちの方が疲れたな。合格したのは六割くらいだろうか。かなり甘めに採点をしていた気がする。

 

「ま、待ってください! ロン毛の人!」


 ん? ロン毛の人って俺のことか?

 俺は自分の髪の長さを改めて確かめながら振り向いた。


「なんですか?」


 振り返ると腹を押さえながら、よろよろと立ち上がろうとする赤髪の女がいた。


「い、いまのはなんですか? 私に何をしたんですか?」


「速く動いたんですよ。こうやってね」


 俺は赤髪の女の目の前に移動した。


「す、すごいです! 私はアン! 十九歳です! アンって呼んでください!」


 いきなり自己紹介なんて積極的な子だな。


「俺はタケルです。年齢は……何歳だ?」


「ふふっ。タケルさんは面白い人ですね。見たところ私と年は近いように見えますが……どうでしょうか?」


 アンは口元に手を添えながら小さく笑った。

 二十歳の時にここを出たから、二十二歳以上は確実だな。


「よくわかりませんが、そうしておきましょう。では失礼します」


 俺は早速クエストを受けたかった。

 もっとランクを上げてあいつらにギャフンと言わせたいのだ。


「あ、あの! 私とパーティーを組んでくれませんか?」


 アンは背を向けた俺に、突如としてパーティーの誘いをしてきた。


「うーん……いいですよ」


 パーティーメンバーに裏切られた過去があるので迷ったが、俺は世間に疎いので仲間がいた方が心強いと判断し承諾することにした。


「や、やったっ! タケルさんはもうクエストに行くんだよね? あっ、行くんですよね?」


 アンは小さくガッツポーズをして喜んでいた


「話しにくいならタメ口でいい。俺もタメ口で話すからな」


「ありがとう! 私、強くなりたいからタケルさんからは色々と学べると思うの!」


 そう言う理由で誘ってきたのか。


「そうだったのか。てっきり峰打ちをされて喜ぶ変わった人なのかと……」


 もちろん冗談だ。


「なっ!? なわけないじゃない! 痛かったんだからね!」


 アンは真っ赤な顔で腹をさすりながら答えたが、少し笑っているようにも見えた。


「時間が勿体無いしクエストに行こう」


 アンの反応を楽しめたので、俺は改めてクエストの受注に向かった。


「もう! 私をいじって楽しんでるの!?」


 こうして、俺は第二の冒険者人生、初のパーティーメンバーに出会ったのだった。

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