第2話 縮地、抜刀、山を割る
順風満帆だった日々は崩れてしまった。
俺を抜いて酒の席を開いたり、報奨金の割合が少なかったり、今思えば、このようなほんの小さな多くの疑問が今回の結果だったのだろう。
俺は泣いた。泣き続けた。
そして、走った。
唯一、人に誇れる縮地を使って訳もなく走り続けた。
小さな山を超え、地形が入り乱れる荒野を超え、ドラゴンの巣がある山を超えると、気がついたときには深い霧がかかった草原に来ていた。
「俺は死んだのか? ここは神の国か?」
もちろん答えるものは誰一人としていない。
我を取り戻し、深い霧の中をゆっくりと歩いていくと、小さな山に辿り着いた。
山には木々が生い茂り、食べられる植物もいくつか見られた。
『早く動けるだけならパーティーにいらねぇ!』
深い霧の中で立ち止まると、ロイに言われた言葉が残酷なまでに頭の中で響いていた。
絶対に見返してやる。
そう決心し山へ入ろうとしたが、入り組んだ木々に何かがつっかえて進むことができない。
「刀……」
長い間抜刀することなく腰に差していた刀が、コツコツと木をノックしていた。
「そうか。そうだよな。刀と縮地を同時に使えるようにすれば、後悔させられるよな……」
スキルも魔法もてんでダメなので、そこに賭けてみるしかなかった。
スキルは簡単に言うなら想像力で覚えられる。
なりたい自分を頭の中で想像し、それを行動に移す。
より鮮明な想像が必要なため非常に難しいのだ。
魔法は天性の魔力と詠唱と構造の勉強が大事になるため、俺みたいに天性の魔力がゼロで全く使えない人も少なくない。
ロイは中級魔法までは全て使えて、剣術もかなりのものだ。
生まれ持った魔力が全くない俺に立ち入る隙はなかったのだ。
俺は購入して以来、ひさしぶりに刀を鞘から抜いた。
「縮地!」
「縮地!」
「縮地!」
「縮地!」
何度も何度も同じ動作をひたすら繰り返した。
体が刀の重さを認識し、縮地に適応するまで。
先の見えない草原を駆け回り、一日に何千回も素振りを繰り返し、毎日毎日、睡眠と食事以外の時間の全てを縮地と刀の修行に費やした。
幸い、ここには天候の変化はなく、モンスターも現れないので、精神面さえ考慮すれば俗世から逃れて修行に取り組むことができる最高の環境だろう。
時にはやめてしまおうと思いもしたが、その度にロイの言葉や、スズとサラリーが俺を嘲る声を思い出し、自身に鞭を打った。
——そして。時間が流れていった……。
◇
どれほどの期間をここで過ごしただろうか。
半年を過ぎたところで数えるのはやめていた。
深い霧に包まれた山と草原には俺しかいないので、時間という概念はなくなっていた。
明くる日も明くる日も縮地と抜刀を繰り返した結果、ついに小さな山の木々を全て伐採し終えていた。
刀には扱い方が良かったのか刃こぼれもほとんどなく、まるで新品のように輝いている。
そして、今日はここで行う最後の縮地と抜刀だと決めていた。
俺は山から二十メートルほど離れた。
膝を軽く曲げ重心を低くし、前傾姿勢になると同時に、流れるような動作で地面を蹴ることで俺の縮地は完成する。
発動までに必要な時間は、約ゼロコンマ五秒。
俺の縮地は、より研ぎ澄まされ、以前よりも遥かにスピードが増し、発動時間も大幅に短縮された。
徐々にスピードを高めながら地面のギリギリを這って行き、山へ差し掛かる頃になると、瞬時に刀へ手をかけ鞘から抜刀。
山に向かって刀を縦に振り、山の麓で停止する。
静寂に包まれた中で響くのは、鞘へ納める刀の音のみ。
ススー……と鞘へ入り込み……チャキンと高い音が響き渡る。
ここでの集大成ともいえる最後の大仕事をやり遂げた俺は、前方の山を確認する。
山には縦に綺麗な直線が入り、間には五センチほどの隙間が空いていた。
俺は小さく息を吐き、当初からは姿を大きく変えた山を眺めた。
あぁ、やっとだ。俺はやったんだ。
やっと……山を割った
果たして、俺は強くなれたのだろうか。
戦士のロイなら山くらい簡単に割ることができたかもしれない。
魔法使いのスズとサラリーなら山くらい木っ端微塵にできたかもしれない。
長い間お世話になった山から離れた俺は、霧がかった草原を闇雲に歩きながら考えるが、途端に虚無感に襲われた俺は、腰に差してある刀を見やった。
(俺にしかできないことってなんなんだろうな……。)
「縮地!」
俺はそんな考えから逃げるように、縮地を使い全力で走り出した。
◇
一時間、いや二時間ほど走り続けただろうか。
深い霧が立ち込める草原をいつの間にか抜けていた俺は、同じ草原でも澄んだ空の下にいた。
「どこだ……ここ」
フローノアから逃げ出してからどこを走り回ったのかわからないので、完全に迷子になっていた。
立ち止まっていても仕方がないので、俺は久し振りの普通の景色を満喫しながら、ゆっくりと歩くことにした。
山に何年ぐらいいたかはわからないが、縮地のためだけの体と言っても過言ではないガリガリな体型から、今は少しだけ筋肉もついて、健康的な体になっていた。
これからフローノアを目指すつもりでいるが、俺はロイ達に会うのが怖い。
何年も一緒にいた人達からの完全な拒絶は、俺の心に傷を負わすのには十分だったのだ。
馬車の通り道として整地された道を暫く歩いていると、遙か前方から馬車がやってきた。
かなり遠いのにこれがはっきり見えるということは、俺は相当目が良くなったらしい。
まあ、深い霧の中で目を凝らしていれば当然か。
俺はその場で暫く立ち止まり、近くに馬車が来るのを待った。
「すみません。フローノアの街へ行きたいのですが、どちらの方角に行けば良いかお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
馬車が到着したので、俺は御者をしていた清潔感のある白髪のおじいさんに丁寧に話しかけた。
「旅のお人かな? ワシは商人なんじゃが、これからフローノアに行くところじゃよ。と言ってもあと半日はかかるがのぉ」
商人のおじいさんは馬車を止めると、頭を軽くかきながら言った。
「ご同行してもよろしいでしょうか?」
「よろしいですとも。ワシも暇をしていたところです。話し相手になってくださいますかな?」
護衛はいないのかな? まあいいか。
「喜んで」
俺も聞きたいことが山ほどあったので、丁度良い。
荷台に乗るのは無礼だと思ったので、馬の足の速さに合わせながら、自分の足で歩いて行くことにした。
「ワシはガルファと申します。旅のお人は、どちらから来なさったんですか?」
「タケルです。色々とありまして、あちらの山の向こうで修行をしていました。その帰りです」
「タケル様。あそこは竜の巣と呼ばれる山々なのをご存知で?」
ガルファさんは、やや驚いた表情で言った。
記憶の断片にはドラゴンの巣を走り抜けた記憶があるな。
「いえ。有名な山なんですか?」
「そうじゃなぁ。一年ほど前にドラゴンの姿が確認されたので、竜の巣と呼ばれております」
そんな有名な山を俺が知らなかったということは、最低でも一年以上は経っているということか。
少なくとも三年前にはドラゴンの巣を発見した記憶があるので、その前後でドラゴンが現れたのだろう。
「ドラゴンですか……? 冒険者パーティーが討伐に赴いたりはしたんですか?」
「半年ほど前に、とあるSランクパーティーが行くという噂は聞きましたが、どうやら行っていないようですな」
Sランクパーティーか。俺たち『漣』が目指していたところだ。
あいつらどうしてるのかな。
「それにしても……タケル様は修行に行ったからか、服が綻びてますな」
ガルファさんに言われて身なりに気がついたが、短髪だった髪も伸び切っており、服装は傷や汚れで布切れのようになっていた。
「これは、街に入る前に着替えないと迷惑になりそうですね」
冒険者ではない一般人が、こんな格好で街を歩いたら完全に不審者だ。
「おや。フローノアが見えてきましたよ」
服装を見ていて俯いた顔を上げると、目の前には以前と変わらない街並みが広がっていた。
「おぉ! 懐かしいなぁ……」
やっと帰ってきたか……あいつらはまだここにいるのだろうか
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