第28話 過去

 神秘的な姿に見惚れていると、サブローが囁く。


「神さん、あかんわ。わしが止めとくさかい今の内にげるんや」

「でも、サブローさんの方が怪我しているんじゃ」


 サブローはこちらを見て笑うと、を大きく膨らませた。以前詐欺師を驚かせるために見せた姿よりもっと攻撃的にも見える。


「なぜ? なぜ人間を庇うの?」

「おまえはなんで人間を一括りにしてるんや」


「人間は同じ……私が受けた絶望を味わってもらう」

 そういうと、一瞬でサブローが飛ばされる。そのすぐ後に都は俺に近づいてきた。


「なぜ? あなたは来たの?」

「なぜって……それは……」


「それは?」


 都は近づいて俺の顔を覗き込む。鋭いまなざしが自由を奪う。


「これでも私は、我慢しているの……」


 そういった都は俺の顎を掴んでかをお近づける。冷たく悲しい雰囲気の表情が恐怖を思い出させ、意図せず目線を逸らす。袖から除く色白の腕にはどこか火傷のよな痕が見えた。


「都さん……」


 俺が見てしまった事に気付いたのか、彼女は手を放し少し距離を取った。


「都……手を出したらあかん」


 起き上がってきたサブローが、声を掛ける。見た感じかなりダメージを受けている様に見える。


「サブローさんは知っているよね?」

「ああ、わかっとるで。お前が何されたんかも、猫又になった理由も知っとる」


「それじゃあ、なぜ連れてきたの?」


 おれは、都さんがずっと疑問符なのが気になり始めた。このサブローを凌ぐ強さがあれば二人とも殺すのは難しくはないはずだ。でも、それでもなにかあるのか致命傷を与えようとはしていない。


「神さんなら、お前の変わるきっかけが作れるんちゃうかって思ったんや」

「わたしが変わる? そんな必要があるの?」


「都、お前の恨みはもう終わったはずなんや」

「終わってなんかいない。終われるわけがない」


 少し落ち着いた俺は、本質に迫る事にした。


「あの、内容が見えてこないんですけど何があったんですか?」

「サブローさん話してないの?」


「ああ、他の人が話す内容でもないやろ」

「そう、でもそれを聞いて神様は何をしてくれるの?」


「何をって、そりゃ何もできないかもしれないけど。でも、都さん何か悩んでいるみたいだから」


 そういうと、俺の身体が宙を舞い地面にたたきつけられた。


「悩んでなんかいない。ただ、人間に復讐がしたいだけ」

「いてて。でも復讐してどうするんだよ?」


「復讐して、気を紛らわせるの……ただそれだけ」

「それだけって……」


「お前が言うつもりないんやったらわしが言うたるわ」


 サブローはそう言って都の腕をつかんだ。


「神さん。都は人間に虐待されとったんや……」

「虐待じゃない、あれは虐殺」


「もしかして、その怪我って……」

「そう、これはすべてその時の物。4匹いた兄弟はそれで命を落としたわ……」


 マジかよ。動物の虐待の話はいくつか聞いたことはある。だけど都さんの怪我はよく見れば見るだけ深く刻まれている様にも見える。


「それでも、あなたは止めるの?」

「だから都、種族を恨むんは間違えとると言うてるやろ!」


「いいよ、サブローさん」

「神さんいいってなんやの?」


「色々聞いてみたけど、やっぱりわからないんだよね」

「そうね、あなたは人間だもの」


「なんていうのかな、結構ひどい事されたんだろうなって言うのは分かるよ。兄弟が同じ様に命を落としたなんてなおさらだよ。でも、その時どんな気持ちだったかはわからない」


 俺は、そういうと息を飲み込んだ。


「だから……さ? そいつら殺しに行こう? 都の好きにすればいい、証拠は俺が消すよ」

「は? 神さん何言うてんねん?」

「どういうこと?」


「だから、都にそういう事した奴を同じ目に合わせてやろうぜ?」

「でも、神様は人間……」


「だから?」

「なぜ、わたしに協力しようとしているの?」


「いや、何を勘違いしているかしらないけどさ、罪は償うべきだと思うよ?」

「でも、噛みついたら人間を守る……」


「それは保健所とかそういう話?」


 都はコクリとうなづいた。


「法律とかはそうかもしれない。猫を殺しても器物損壊罪とか小さな罪にしかならないかもしれない。でも、本当はもっと裁くべきだと思っている奴は沢山いると思う」


「……」


「なんで、種族が違うだけで罪を犯した奴を庇わないといけないんだ?」

「神さん……」


 俺は本心でそう思っていた。人間だとか人種だとか動物だとか、そんな事で区切るのは何か間違っていると思う。自分の中には3種類しかない。知っている人、これから知る人、知らない人。話してみないことにはいいも悪いも解らないと思う。


「そんなのは綺麗事。それならなぜ助けてくれなかったの?」


「ごめん……まだ、知らなかったんだ」

「都、神さんはその頃多分、ギリギリ生まれてへんで?」


「ちょっとまって、そんなに前なの?」

「せや、1990年中盤の頃や……」


「ギリギリ生まれているかもしれないわ……だけど、その頃と言えば猟奇的な殺人事件とかがあったころだから今よりずっとおかしな世の中だったと思うんだよね」


「まぁ、それは否定せえへんけど。だからと言って許せるはなしちゃうねんなぁ」

「それは人間も同じだよ……」


 都は、サブローとのやり取りを黙って聞いていた。何か、少しでも彼女の意識が変えられたなら来た意味はあったのだと思う。


「都、みての通りや。神さんは人間とか猫とか関係あらへんねん、今一度寄り添ってみる事はでけへんか?」


 彼女は少しづつ、俺の所に歩いてくる。正直これで攻撃されるようなら仕方ないとも思った。だが、彼女のは俺の頬にてを当てていった。


「一度みて見る。もし偽りならその時は……」


 えっと、その時は、やっぱり殺されるのかな。まぁだけど、俺が言った事に嘘はない。彼女の意識を変えられることも、彼女が疑問に思うこともあるだろう。


 だけど、こうやって一歩を踏み出せた事はそのうち大きな意味になると思う。都はまた、神社に行くと言ってこの日俺たちは帰る事にした。


「サブローさん、復讐したいのはあたりまえだよなぁ……」

「あいつの場合ちょっと違うんやけど、あいてはもう死んでもうてるねん」


「なんで?」

「犯人は、そのころ大分イってしもうててな。色々あって自殺したんや……」


「病んでいたってこと?」

「せや。都もそれをしっとるし、いろいろな葛藤から抜け出されへんのや」


 そういったサブローさんの頬に夕日が当たり影が伸びた。そんなに時間がたっているのかとおもいながら歩いていると、彼は小さくつぶやいた。


「ありがとうな」


 それが都のことなのか、他の意味があるのかはわからなかった。だけど今回の件は、サブローにとっても何か意味があったのだと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る