第133話 ヨシカの想い
結局犯人は見つからずじまい。
有耶無耶となったらしいが、それで国民は納得したのだろうか。
「多賀朗、私は君に感謝せねばならない」
急に話が変わり、国樹は「ん」と声を出していた。
「それはお互い様ではないのか?」
グーシーがいないと凄く困る。改まってなんだと顔に出す。そもそもゼスが無理やり起こしたのだ。自分は放置しようとした。
「私は私を定義出来ない」
舌がどこかに引っ込み、半開きの目が更に狭くなる。
「いつからか私は生物としての側面を持った。その過程が分からない。記録は修復したが記憶が曖昧だ。そもそもないような気もする」
「ほぼ間違いなく西暦四千年以降、アイナ達が世界を再構築していく時期になにかあったんだろう。でなきゃ共通語を話せる理屈が通らない。それか、宇宙に行ってたとか?」
「なさそうだ。しかし絶対ではない」
「ならアイナは嘘をついてる。もしくは把握出来てない」
「それもありそうだ。ヨシカや充希にも話を聞かねばならない」
そうなるよな。ヨシカは本当に大丈夫なのだろうか。
「見て分かる通り、私の中には広大な闇が広がっている。正に透き通る闇だ。私は私の中を把握どころか理解出来ていない。なにがどうなって、端がどこにあるのかも分からない」
「異世界にでも通じてんじゃねーか」
「それだと"消えた"の意味が書き換わる」
トランスペアレントダークはグーシーの腹の中か。考えなかったわけではないが、やはり理屈が分からない。
「私は私を知らねばならない。だが難しい。私を知る者は果たして存在するのだろうか」
「安易に手伝うとは言えないな。出来るだけのことはしよう」
「ありがとう。私の立場を慮って寂しそうな顔をした君は、やはり元の所有者に似ている」
――グーシーは生物にしか見えない。
ドゥシャンベの図書館で対話した時、自己の存在に戸惑う彼にかけるべき言葉を見つけられなかった。顔に出ていたか。
「どうあるかはグーシーが決めることだ。どうなるかは、俺達次第だな」
「ああ。しばらくは曖昧なままでいい。私の都合を考えてみる」
道具と生物の狭間で生きる。
彼の自分探しはこれからも続くのだろう。
――人は一人では生きられない。
アンドロイドもまた、一人では寂しい思いをするだろう。
翌朝、ヨシカの修復が終わった。
万全かは分からないが、夜通しの作業で外見は元通りだ。
皆で少し会話をした後、ヨシカは二人で話したいと言った。
三人は納得したらしく、部屋を出て行く。
「わがままですみません」
「いや、いいけどたぶんここだと……」
この建物はアイナが管理支配している。グーシーの中の方がいいのではないか?
「ご心配には及びません。アイナにも分からないよう、全て手配済みです」
へえ、なにをどうやったんだ。充希か?
「ま、なんか久しぶりだな。痛みとかは問題ないか」
努めて平然と振る舞う。ヨシカの無事は嬉しいが、まだ分からない。彼女の身体も、心もだ。
病衣を身に纏ったヨシカは、静かに答えた。
「痛覚は人のそれと違います。衝撃は驚きましたが、驚かせてしまいました」
反省するよう俯く姿は今までと変わりない。
「今回は私の勝手でご迷惑をおかけしました。充希さんを怒らせてしまいました」
「場合によっては俺も怒るぜ。というか充希にキレちまったよ。あらどういうことだ?」
パイプ椅子に腰掛け、ベッドで身体を起こしただけのヨシカと向き合う。
「本当のことを言っても怒らないと約束して下さいますか?」
おずおずと、窺うようヨシカは尋ねてきた。いつもの手だ。
「いや、場合による」
「ですよね。私もそれがいいと思います」
クスリと笑うヨシカは、やはりいつもの彼女に見えた。
「随分甘やかされてきました。やっぱり国樹さん女性に甘いです」
「だから、充希にゃキレたぜ」
「私のせいです。事情をお話しします」
真顔に戻り、彼女は身体をこちらに向けた。
「アイナのことはお聞きになりましたよね」
「ああ、大体は」
「超高度AI、アイナレセプターを搭載した統括AI。私の姉妹機です」
「なるほど、名前も似てる」
「はい。アイナは姉になりますね」
「X-01か。それともゼロ?」
「01です。彼女は日本における最も優秀な人工知能であり、世界的に見ても恐らくそうでした。私はセナレセプター搭載型ですので、役割は違います。ですが、性能はそう変わりません」
目の前にいるのが超高度AIとはね。名前から推測し、そうだとは思っていたが驚き入る。なんなんだ一体、驚いてばっかだ。
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