第134話 ヨシカの想い2
「日本に着いてから、いえ日本に着く前にもう私のいた時代ではないことは理解していました。私に出来ることはあるかもしれませんが、私を知る人はもういない。そう感じていました」
だろうな。人生を一からやり直す。それぐらいの覚悟だったろう。
「ですが無人機、それに多脚型戦車を見て"ああこれはアイナだ"と確信したのです」
「どうやって。通信はしてなかったんだろう?」
「クラッキングです。私の傍にいればそれは避けられません」
……誰も傍にはいなかった。グーシーの中にいて、それで傍?
「アイナとは因縁があります。お聞きになりましたか、2150年に起きたフレアパルスの件」
首肯してその瞳を見つめる。俺は今、クラッキングされているのだろうか。
「私はその場にいました」
「そうだろう」
「正確にはその場に急行しました」
「……そうなのか」
「私は非常時前線指令型AI、セナレセプター搭載アンドロイド。災害など非常時に前線指揮を執るのが私の役割です」
軍隊の一部、いや消防や救助隊の指揮か。
「テロ対応ももちろん含まれます。軍や警察と連携し、避難誘導するのが主な私の役割です。場合によっては私自身も応戦します」
守られるだけの柔な女ではない。タジクでの言葉は嘘ではないと、そういうことなのか。
「お気づきだと思いますが、私のそれは主に電子戦です。ミサイルとかは撃てないですね。せいぜいここに撃てと、助言しか出来ません」
「悪い冗談だな。その電子戦のプロが、なんで暴徒鎮圧弾なんて食らった」
眉間に皺を寄せると、
「わざとです」
ヨシカは躊躇いなく応じた。自然、間が出来る。
わざと……いやそれでは、確かにヨシカの意思だと充希は言った。しかしなぜ?
「アイナに含むところがあります。彼女はあのテロを予期していた」
「知っていて放置した? 日本で最高の人工知能が?」
「防ごうと思えば防げたはずです。ですがアイナはそうしなかった。彼女にも言い分はあるでしょう。実際あのテロで死者は出ていません」
そいつはどういう……そうか、
「端からそこに人がいなかった」
指摘するとヨシカは静かに頷いた。
「しかしアンドロイドは存在しました。偽装です、テロリストはそれを見分けることが出来なかった」
おかしいだろそれ。それなら犯人は内部ではないのか? いや、アイナ自身でもおかしくない。
「爆心地は新宿です。私は渋谷で呑気にお買い物をしていました。デートみたいなものですね。のんびりしていたら、それは起きました」
デート、いや今そこはいい。
「私は防護コーティングと防御機能を持ちます。非常時対応型アンドロイドが、いざという時役立たずでは話になりませんから」
「なるほど、つまり君は問題なかった」
「ダメージはありましたが、職務に支障はありません。ですが通信が繋がらず、無理やり非常回線を使いました。相手はアイナです。
彼女は言いました……"対応しなくていい"と。
きな臭いものを感じつつ、私は救援に向かいました。無駄だと分かってはいたのですが、それが私の役割です」
訥々と話しているが、ヨシカの目に鋭さが宿り始めている。
「確かに死者は出ませんでした。我々は所詮アンドロイドです。ロボット権はあれど、やはり道具です」
「それは違う。国民だろう。制限はあるがそれは――」
「アイナの行為がそう断じたのです」
言葉を遮られ思わず口ごもる。なによりその言い分は正しく思えた。
「死者としては数えられず、恐らくもう元に戻すことは出来ないアンドロイドの群れを見ました。データをバックアップしていても、本体はスクラップ同然です。私はなにも出来なかった」
静かな怒りが見える。こんな顔、見たことない。
「おかしいのは非常回線が繋がったことです。疑似フレアパルスが使用されたにも関わらず繋がってしまった。そして私も、そうダメージを負わなかった。やはり防げたと確信するに充分な証拠です」
「理由は分かるか」
超高度AIの判断、相応の理由があるはずだ。国樹の問いに、ヨシカは小さくかぶりを振った。
「はっきりとは。恐らく外交的判断でしょう。インドやオーストラリアも標的にされています。我々レセプター系統のAIは、正にこの三カ国により研究開発されたのですから」
強固な同盟関係を標的にしたテロ。恐らくグーシーはこの件に深く関わっている。アイナとヨシカの関係も含め、グーシーの野郎わざと言わなかったな。
「外交は私の分野ではありません。国家間の機微にかかわる情報も提供されていません。ですが防げたものを放置した事実を、私は許さない」
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