拾壱「透き通る闇」

第130話 虎の門、世界地図、勢力図

 虎の門にあったはずの病院は事実上整備工場と化していた。

 外観も中も見た目は病院だが、この首都圏に人はいない。

 ヨシカは三階の病室に入りベッドで横になっている。

 診断と修復はここで行うらしい。

 常時グーシーか充希をつけておけばまず悪さは出来ない。


「もし再起動したあと別人になってたら、覚悟のほどはしておけよ」


 きつく言ったが恐らく問題ないのだろう。充希やグーシーから不安が見て取れない。

 廊下で待っていると扉が開き充希が病室から出てきた。ゼスを挟む形でソファーに腰掛ける。ソファーは当然深く沈み込む。


「なかなかの設備です。第二世代というのは嘘ではありませんな」

「そうか。しかし戦争が起きかねないとはね」

「奴隷船への対応から見れば、この国は遅れを取っている可能性があります。もう始まっているかもしれません」


 うんざりだ。そんなことになったら世界を旅して回れない。ゼスをどうすりゃいい。形ばかりの肩書になんの意味があるんだ。

 世界の変容は目の当たりにした。一部だが理解出来ている。

 久野の名を出した後、アイナはこの世界の変化を語った――


 あれから二千年待った。だがなんの音沙汰もない。迎えどころか連絡すら届かない。

 外宇宙でなにがあったか知らないが、これ以上の隠し立ては人類の利益に反する。約束を反故にしたとは言わない。しかし確認の必要がある。

 ならば為すべきことはひとつ、再び宇宙へと旅立ち彼らの足跡をたどるのだ。

 第四次トランスペアレントダーク計画の発動をここに要請する――。


 二千年も待ったのだ、当然この手の意見は出てくるだろう。

 これに対し、各地域の反応は様々だ。

 アジアは揺りかごの中にあり、その継続を望んでいる。

 中東は行動の必要を認めるが、急激な変化は求めない。そもそもまとまるはずのない話と考えているらしい。

 問題はアフリカ、欧州、南米、そしてオセアニアだ。


 アフリカは今や「急進改革派」となっている。

 宇宙圏への進出こそが現生人類の核心的利益であり、邪魔立てするなら戦争もいとわない。

 外宇宙の更なる技術的進化により、我々は一層不利になるばかり。

 停滞を良しとするものは、人類の敵だ――


 一方欧州は混乱の一途をたどっている。

 理由は定かでない。

 社会の有り様は二十一世紀に準じる、そう定められた時代設定も守れていない。

 古代、中世、近世、二十一世紀が乱立し、その様麻の如し。

「狂乱の欧州」

 彼らは時代を弄び弄ばれる存在に成り下がった――


 更に分からないのは南米だ。彼らは自らを「天界派」と名乗っている。

 天界こそが救済の唯一の道である。救いは天界にあり。

 宇宙圏などどうでもよい。そこに天界はない。

 我々に従わぬ者には、神の一撃が下されるであろう――


 オセアニアは絶海の大陸である。

 自らを世界から切り離し、決して交わらぬ鎖国政策をとっている。

 多様な生命の自由を重んじる彼らは、人間重視のこの世界を嫌悪している。

「隔絶の豪州」

 彼らはこの件に限らず関りを持たない――


「北米が巨大な実験場なのはまあいいとして、ロシアはなにがしたいんだ」


 アイナの説明を思い出しながら国樹は呟く。


「さて、人口のほどは知れています。大国ではありますが、プレイヤーとしては些か弱い。彼らが様子見するのはよくあることです」


 充希はさらりと言い切った。

 アイナはこれを「沈黙のロシア」と呼んでいた。

 確かに過去はそうだったかもしれない。コロナウイルスにより世界が大混乱陥っていた頃、中国は覇権国家として名乗りを上げていた。それもこれも経済力あってのものだ。


 一方ロシアは原油安戦争の真っ最中で、対抗するサウジアラビアは原油にマイナスの値をつけた。貯蔵量を越えればそもそも維持出来ない。「原油を買うと金が手に入る」という現象まで起きた。異様な経済戦争だ。

 ロシアは確かな地域大国であるが、米ソ冷戦時代の影響力からはほど遠い。

 なにもその立場まで再現せずともよかろうに……。


 第四次トランスペアレントダーク計画、成否はともかく準備だけは進めている。

 広大な北米大陸に巨大な実験施設を造り、遥か外宇宙を目指すスペースシャトルの開発は一応行われている。だが、宇宙環境は地上の比ではない。更に外宇宙となれば、求められる再生技術はエネルギーに限らない。あらゆる物資が必要となる。


 実際アイナ達救援帰還部隊の大半は、アンドロイドであったという。戦闘で失ったのもほぼ無人機で、破壊神の群れはそれすら見切っていた節がある。

 恐ろしい連中だ。そいつが人間か否か、宇宙空間で見分けがつくとは。


「どうすんだ、俺はこんな混乱求めてないぞ。世界は揺りかごの中にあるだと、あの嘘つきめ」


 久野を罵ると充希は苦笑し、ゼスは頭の上にはてなマークを浮かべている。


「まあまだ無事だそうですし。役職はこちらが上、情報交換はスムーズにいくでしょう」


 だといいが、と充希に向け呟く。

 久野さんは今欧州を調査中だという。

 肩書は調査官。

 形ばかりだが、受任すれば遥か格下である。

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